続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

役員システムとは何ぞや 1

このところ、気がつくとぐるぐる考えていることを書いて手放しておく。

明日からまた取材・仕事モードに入るので。

 

しばらく前に、今、町内子ども会で役員をしてくれている顔見知りのお母さんから泣きそうな、悲鳴みたいなメールが来た。

 

まだ子ども会役員やっていない人に問答無用に押し付けるみたいに役員を頼んでなんとかここまでやってきたが、役員やりたくないから子ども会には入らないという人も多くてもうバトンを渡す人が誰もいない。もう存続できないのでは。どうか意見を聞かせてほしい、と書いてある。

 

もうさあー。

 

子ども会に限らず、学校絡み自治会絡み習い事絡み全てそうなんだけれど、さまざまな自治的運営の組織において、「強制ボランティアという形での役員」でまわすシステムというのが、義務感・負担感・責任感がのきなみ重すぎて、やらされている人の貧乏くじ引いた感がはんぱなく強くて、いかんともしがたいネガティブな場になってしまっている。

 

私も子どもが幼稚園に入園した時から足掛け13年。お膳立ての行き届いた商業的な場所を好まず、小さくアットホームな場所に属したがる性質もあいまって、なんらかの役員が常についてまわる人生だ。役員をしなかった年は下の子の出産年以外ほぼない。

 

「お世話になっている組織のためだから。子どもが小さいうちだけだから」と念仏のように唱えてひたすら忍耐で従ってきたのだけど、ここにきて「自治会本部役員」という子どもを離れた新たな任務を半ば押し付けられるみたいにお願いされてしまって。

あれ、終わらないの?一体いつまでこれ続くの?と呆然としていたら、近所の人に

「あなたも大変な貧乏くじ引いたわねー。私はぜーったいやんない。何も聞かされていないだろうけど、あんなこともあんなこともやらされて、何かっちゅうとかり出されて大変よ〜」

とか延々聞かされて、どーんと落ち込む。

 

そんなタイミングで、子ども会・悲鳴メールを読んで、もう本当にこれどうしたらいいんじゃろう!?ムキー!!と頭をかきむしりたい思いにかられる。

 

どの組織もだましだまし、むりくり追いつめるみたいにして働き手を供出して、惰性とやぶれかぶれの人海戦術でやっている。

どの学校の役員さんも(中にはポジティブに受け止めている方もいるが大多数は確実に)不満だらけでやっている。

 

根本的なことを話し合う場は大抵もたれず、訳の分からないままに「とにかくやって、みんな持ち回りだからやって、義務だからやって」と知識ゼロの状態で押し付けられる。

これらの役員仕事は、期間限定の苦役として受け止められ、

「与えられた任務を粗相なく全うする。デフォルト0点、とにかく下手に目立たず、マイナスにならぬよう、必要最低限度の労力で完璧を期す」という姿勢で、当然楽しさやポジティブさも最低限度に押さえられ、被害者意識の中でただ耐えるというマインドでもって期間を間役目をこなすのである。

 

ここ数年、うち周辺の地域では、子ども会を廃止する自治体が続出している。

うちの近所でも、役員をやりたくないからという理由で子どもを子ども会にそもそも入れないという親もたくさんいて、みんなでやれば怖くないという形で「せーの」で一斉に不参加表明をするので、ここ数年で子ども会は一気に細った。

 

そもそも今の子どもは幼稚園からすでに習い事でびっしりの子が多くて、小学校はなおさら。本当に親子とも暇がなく、気軽に集まろうという空気感の共有は全然無理っす、という感じ。

だから「じゃあやめてしまえ」という解決が周辺では軒並み続いているわけだけれど。

 

 

それで、おっちんにメールを見せて「こういうことになってるらしいよ。どうしたらいいんだろね」と大人の事情を話すと、思いがけない展開になった。

 

つづく