続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

友だちの家へ行く

ほぼ毎晩晩酌をするが、昨日は二日酔いだったので一日お茶で通す。

週末、横浜の友だちの家にだんなさんと家族で遊びに行き、楽しかったのだが、人んちで喋りながらだと気付かずついつい飲み過ぎてしまい、一体何十才だよオレ、なのですが、久々だったりすると余計に軽く緊張もあって飲みすぎてしまうのだった。

 

部活をようやく引退して体がなまっている優太に家の前でバドミントンしようよーと誘われても「二日酔いだから無理だ」と返す。

飲んで運転したの?と心配するので、「そんなわけないでしょ、おとーさんが運転したよ」と言うも「おかーさんならやりかねないと思って」と言われる。

日頃から評価が高くない自覚はあるが、まさかそんな評価か。

 

 

夕飯は、忙しい友だちのためにと思って、鍋の下ごしらえを持参して行ったんだけれど、結局倍返し的にいろいろもらって帰ってくる。いつものことだけど。

ものもそうだし、それ以上に気持ち。

 

ネガティブな状況に取り込まれないで目の前の人を喜ばせることで場を変えていく、小さなことをあなどらない、むしろそこからやるしかないっていう姿勢。

比較の幸せでものごとを見ないで、権利とか義務とかをあんまり考えない。自分を「大変だ」って捉えない。

あとどれだけ存分にやりたいようにやれる人生の時間が残されているかな?と考えて、納得性だけをみていく心構え。

 

そういうことを、ただ自分の日常生きている上での思索として、何一ついいこと言ってる感もなく、普通にげらげら笑いながらまっすぐに話す友だちに、普通の世間話のようなあいづちを打ちながら、心の中は圧倒されどおしだった。

 

そして誰もが「ひどいよね」って同意するような身勝手だったり、配慮に欠けることだったり、社会の理不尽だったり、考えが合わない人に対して、「でもこのことが自分の身内に起こった時にどうだろう?」とか「こういう病にある人の感覚は普通の人とどれだけ違うだろう」と相手に対して想像力を働かせて、けしてどんなことも「正しさ」で切って捨てない。

 

常に葛藤を抱えているのがデフォルトの状態だ、と腹をくくっているのというのは、本当にすごいことだと思う。

 

 

私はいろいろなことを理詰めで考え詰めて、整理してから自分なりに納得して手放すということをするほうだ。そうしなくってはだんだん頭がぐるぐるになってきてしまう。しかし、それは脆弱なのだ。友だちと話していると、何にでも答えを出そうとするということの弱さと軽さをつくづく実感する。

 

本当は世の中のほとんどのことには答えなどないんだよな、と思う。

 

 

友だちは、しばらく会わない間に、またバージョンアップしていた。

彼女のだんなさんは、やっぱりスーパー天然で誰もかなわない徳の高さであった。

彼女の娘は周りを明るく照らすようにほがらかで、何も重たいものを背負わされておらず、でも甘ったれたところは微塵もなく自分のことはなんでも当然自分でする。

思春期の難しかったところもすっかり抜けて、話していて楽しく、なんか希望そのものみたいだった。

そして重度の障害を持つ彼女の息子は、とても安定してのびのびして、明るい家族の空気の中で幸せそうだった。

 

彼らは私たちと同じく、名も無き人々。外から見たら、なんてことない普通の家族。けれど、日々人の生き死にすごく近いところで生きている一家の受け止め力、心の強靭さってやはり大したものだ。

一人ひとりのすばらしい個性が集まってこの小さな家族をつくっている。見るたびに少しずつ変化するなかに、メンバーそれぞれが毎日をこつこつと精進していることの積み重ねを感じる。

 

自分のような甘ったれが、多少なりとも支えとして期待してもらえるというのは、本当にうれしく逆に救われる思い。

そしてこういう大事な友だちや親というのは、普段連絡取り合っていなくても、ピンポイントでものすごいきつかったりさびしかったりするタイミングで連絡をしてきたりするものだ。

 

浅い人間関係は、上手く行っている時には関わると何かいいことありそう、と寄って来て、みじめで助けを求めている時には何もこうむらないように慌てて去って行くものだけど、

私はそういう人間関係も人間の当然だし、それも楽しいけど、でもどーでもいいものだなと明るく思っている。

来るもの拒まず去る者追わずで、一期一会を楽しめれば良いなと思う。

 

きれいで当たりさわりない快いところだけではなく、ネガティブな感情を共に乗り越え、互いを諦めなかった関係にしか本当の興味はない。

それ以外は、なんらかの共有できる目的によって集まったミッションベースの関係であり、その節度の中で繰り広げられることだ。

そうちゃんと心に留めておくことによって、相手に変な期待も迷惑もかけず、逆に楽しく付き合えるものだと思っている。