続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

自分を一番下に置く

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昨日、長文になってしまったので、分けて書く。ここからが樹木希林さんについて書きたかったこと。樹木さんについてはこれで打ち止め。

 

樹木さんの亡くなった余波はなかなかすごくて、私も地味に余波を受けている一人。

何かの合間に動画やインタビューを見ている。

一見言いたい放題で、独特の倫理感を持っていて、愛想がいいわけでもないのにどうして多くの人が彼女に敬意と愛着を感じるのか。

 

それは、彼女が誰も蔑まない人だからなんだ、自分をいつも一番下に置いているからなんだなと感じる。

 

どんな時代のどんな媒体においても一貫している彼女の思想は、どんな悪人を見ても「自分がこのようにだってなりえたのだ」とまず思うこと。彼のようには自分がならなかったとは、絶対に言えないということ。

謙虚などという甘いことではなくって、自分を空恐ろしく感じ、その度に戦慄する。内田裕也氏についても「実はあたしの方がよっぽど壊れている。(彼が)いい重しなんですよ」と。

 

そして自分同様、どんな人格者であろうが優秀であろうが有名だろうが美しかろうが、一皮剥けば人間誰もが似たり寄ったりで大したものじゃない、上も下もない。

私もあなたも同じようにどうしようもない。でも誰にもその人なりのいい所が必ずある、というまなざし。

 

はったりやごまかしが一切効かないと同時に、誰もあなどらない人。

 

地位や名声や能力といったバイアスから人を見ることがないから、そういうものに笠を着て話そうとする人は、秒殺ではねつけられている。

 

でも、一般の人がどんなに的外れな質問をしてもけしてあなどらない。

 

どんな対話であっても表面上を流れている言葉や、相手の地位や喋り方や美醜といった目に見えているものを見ているのではなくって、「その人がほんとうに言わんとする事、内心の思い」にぐっとフォーカスして、見抜くようにしながら会話をしているという印象がある。

 

だから、一見噛み合っていない?という対話があっても、見ていると最終的にはすごく腑に落ちることになる。

対話者が自分をより上に見せようとしたりすることも含め、相手を欺こうとすれば、このうえなく怖い。

でも、素直に自分のままでいれば優しく、ばかにしたりせず、何でも教えようとするし、誰であれ同じように対等に向き合う。

 

 

さいごに、彼女の思想がよく伝わるこの動画から、心に残った言葉を覚え書き。


2016.07.21 ハンセン病に関する「親と子のシンポジウム」高松会場 ③ (ドリアン助川さん&樹木希林さん・対談/トークショー)

 

 

人生の出来事を自分の側を原因と思うと良い解決方法が見つかる。ひとのせいにしているといつまでも解決しない。だから、自分の身に起きたことはいつも「自分はどうだったか」と考えるようにしています。

大きな事件が起きた時も、被害者がかわいそう、加害者は悪いという風に考えないで、「ああいうふうにせざるを得なかった、あの人たちはどんな育てられ方をしたのかな」という風に考えるようになりまして。

世間の何かを糾弾するときも、常に自分を疑ってみる。疑う。これをわたしのこれからの指針にして行こうかなと思いました。

 

癩(らい)病の方が仰っていたのは、「確かに国の政策でもって隔離されてしまった。こんなに悲しく苦しい事はなかったけれど、でもそのことを国や、周りが悪いんだって思わなくて、自分はあの終戦後のもののない時に、隔離されていなかったらもっと悲惨な思いを死んでいってるんじゃないかなと思ったら、逆に隔離されていることは悲しい事ではあったけれど、ありがたいと思うようになった」と、とてもいい顔をして仰ったのね。

ああいう風に受け取っていったら、もちろん虐げるのはいけないことですけれど、それでもそうなった時も、受け取り方ひとつでああやって生きられるんだと教わりましたね。

 

癩病は、戦後世の中がどんどん良くなるに従って減って行くんですけども、昭和33年またここで一気に増えるんですね。それはなぜかと言いますと、私も今回映画に関わって知ったんですけど「無癩県運動」といって、癩を無くす運動ということで、全国で競ったんですね。うちの県では(癩病患者は)もういないよ、あっちの県ではまだいるよ、と言って競った時に、そこでみんなかり出されて療養所に入る人がまた増えたと言うんですけど。

 

その運動の時に一番怖いのは身近にいる人たちが密告するんですよね。そのことを知った時に、あたしはね。もしわたしがその立場にいて、その時に町中で県で無癩県運動をやっていて一番になりたくて、「あそこの家にもいるよ、この家にもいるよ」というのを、わたしは、やらなかったとは絶対に言えない。

 

自分の中にそういうものがあると、どうしても思えるんですよ。だから、ああ、こういう時代があったんだなと思いながらもう、本当にね、何て言っていいか分からない、人というものの持つすさまじさっていうのを感じた次第なんです。

 

ハンセン病に限らず、今日に至るまで、世界ではたくさんの差別の問題というのがあるわけですね。それで一番怖いのは、身近にいる、すぐそばにいる、外国の敵じゃなくて、自分の国の敵なんですよね。

 

わたしは沖縄の戦争でもそうだし、いろんな日本人が移民をして、それで戦争が終わったっていう時に、移民者の中で日本が負けるはずがないという人と戦争に負けたんだと言う人の間でまた殺し合いがあるんですよね。

だからね、ようく歴史を見てみると、おおざっぱに言ったら敵の国とかあるいは敵がそうやったとか言うんですけど、案外身近な自分の中にある悪の部分そのものを知る必要があるんじゃないかって、人権問題はそれもあるんじゃないかって考えている次第です。

 

イスラム国の青年たちが、あるいはそこにかり出されている人たちの、そこに至るまでの思いを考えた時に、どう反応していいか分からない。

また、老人が若者に切り刻まれて池に捨てられたという事件、ほんとに身の毛もよだつような話ですけども、その男の子が子どもの頃にいじめられて結局中学に行っても居場所がなくて、それからずーっと引きこもって28歳まで、どんな気持ちで、どんな闇を抱えながら生きてきたのかなっていうほうに、先にそっちへ行くようになっちゃいましたね。

そりゃもちろん殺人はもってのほかですけれども。何も解決ができないんですけれども。