続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

焦った

今にも降り出しそうな空。何とか持ちこたえているうちに今日は早めの時間のヨガのくらすに

 

と書いたところで、「ああっっっっっ!」と思い出した。

朝、息子に弁当を持たせず送り出していたことを。

 

で、慌ててがーっと肉を焼いてキャベツと合わせて台湾の辛みそとからめ、人参を千切りして缶詰コーンと一緒にバター醤油で炒め、冷凍ご飯を蒸して(うちはレンジないので)、容器に詰めて実家から送ってもらったいかなごの釘煮を乗せる。およそ10分。

 

すぐに自転車に飛び乗り、5分で中学校に着き、保健室の先生に「何かしら〜」という顔で見られながらダッシュで走り過ぎて、息子の下駄箱に弁当箱を突っ込む。ぐはーーセーーーフ。焦ったー。

 

こんなにしょっちゅうお弁当届けてるお母さんもいないだろうな。

遠い場所の高校へ行ったら、息子よりオレがもう無理なんだわ。

 

 

朝言っていたことをこうもきれいに忘れるということ、世の中の人にもままあるのだろうか?

日頃からひとつインプットしたら、ひとつきれいに忘れるという自分の性質をふまえつつ暮らしているが、自分の脳キャパの年々小さくなることといったらもう。

 

ついつい子どもにかまいすぎてしまうという友だちママに「手を出すのを我慢していてえらい、結局その方が本人のためになる」的なことをしばしば言われるのだが、純粋に自分が粗相せぬようにするだけでいっぱいいっぱいに過ぎない。

 

こないだ友だちとランチした時も、子どもがちっちゃい頃、忘れないでちゃんと予防接種に行けた時、「うんうん行ったよ、え?2回目ー」などとお母さんやってる感を妙にアピールしたくなるという話をしたら、それしきのことでなぜえばる〜!と爆笑された。

 

実を言うと、子どものクラス、担任の先生の名前も毎年全然覚えられない。覚えられないままに次の学年に行く。

今、息子は頻繁に弁当をお届けするが、それでも「3ねーんBぐみー きーんぱーちせんせー」と脳裏で必ず唱えて、そうそうBだったわ、と毎回確認する。出席番号もいつも大体のところに突っ込んでいる。

 

小学校のお母さんと立ち話する時には、今の担任の先生どう?という話が大抵出るのだけど、上手いことごまかしながら相手に先生の名前を先に出してもらい、適当に「知ってたよ」と合わすという会話テクニックだけは身につけている。

よそのお母さんは、学年全員の先生の名前を覚えていたり、子どもの宿題を把握していたり、ほんとすごいよなーと思う。

 

前振りが長くなったので、別立てにします。