続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

雨ニモマケズ

備忘録。昨日の友だちの話。

 

このところ私がいつもとつとつと考えてしまうことは、「これからの人生、悔いないと思えるためにどう生きて行けばいいかな」ということだとしばらく前にも書いた。

耳下腺腫瘍の疑いがあると言われたことがきっかけだった。幸いにも精密検査でそうではないことが判明した後も、この考えを事あるごとに思い出してしまう。

 

 

昨日会っていた友だちにも、雑談の合間に軽い調子で尋ねてみた。「もし余命1年て言われたらどう過ごしたい?」

彼女の考えはこんなかんじだった。

 

「旅したいとか、映画みたいとか、何をしたいとか、全然ないな。もうすぐ死ぬと分かってからもこれまで通りのふつうの暮らしをしていくんだろうなと思う。

 

ふつうの暮らしってすごいよね。朝起きて、ご飯を食べて、洗濯して干して、学校や会社へ行ってまた帰って来てお風呂に入って寝る。

 

そういうことがスムースに出来ているということを気にも留めないってことが、ちゃんと出来ているってことでしょ。

ぎくしゃくがなくて家族が気がつかないくらい、生活のことがさりげなく出来ているって、実はすごいことだと思うんだよね。

 

私なんかは家族にもしょっちゅう不便を感じさせてしまっていると思うし、「ちょっとは感謝してよー!」とかすぐ言ってしまうんだけど。

 

やっぱり人の役に立って、感謝されたいかな。誉めてほしいとどうしても思っちゃうところが我ながらまだまだなんだけど。

 

じゃあ、介護職とか絶対感謝されそうなことをやればいいのかっていうと、そうでもない。すごく暗くなって落ち込んでしまいそうだから出来ないなーって思うしね。」

 

 

彼女の話を聞いて、私は「雨ニモマケズ」のことを思い出していた。

私が大卒で入社した会社を辞めたきっかけは、満員の夜の有楽町線で、空気を求めて上を見上げた時に目に入った、ある出版社のつり革広告だった。

ただ「雨ニモマケズ」の全文が明朝体の文字で書かれていて、その文章の持つ端正な静けさは、押し殺したストレスの気配とオヤジ臭が充満する車内とは全然似つかわしくなかった。見上げてため息がほーっと出ると同時に涙がぽろーっと出て慌てた。

それからしばらくして、あっさり会社を辞めて中国大陸に渡ったんだったな。

 

そうか、このところの疑問に対する、あれはひとつの答えかもしれない、と思い当たる。

マーケティングだのプレゼンだのといったことにまみれていた毎日、本来はこれがまっとうなことなんだな、と沁み入ったから涙が出たのだろう。

20年前に辿り着いていたことを、すっかり忘れて気がつけばまたぐるぐるとしている。私はいくつになってもそんなことばかり繰り返していそうだな。

 

 

 

雨ニモマケズ

 

雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ

 

慾ハナク ケシ瞋ラズ イツモシヅカニワラツテイル

 

一日ニ玄米四合ト味噌ト少ノ野菜ヲタベ

 

アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ

 

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニイテ

 

東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 

 

西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

 

南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ

 

北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ

 

ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ

 

ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ

 

サウイウモノニワタシハナリタイ

 

 

南無無邊行菩薩

 

南無上行菩薩

 

南無多宝如來

 

南無妙法蓮華経

 

南無釈迦牟尼

 

南無浄行菩薩

 

南無安立行菩薩

 

 

サテ、ソロソロサウジヲシヨウ。