続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「We Love Television ?」

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2017年/土屋敏男監督/110分

 

ネットにて鑑賞。

随分前にだんなさんが、「結構おもしろかったよー。欽ちゃんはやっぱりすごい人だよ」と言っていたので、そのうちに見ようと思っていたこの作品。

 

でも、あの「電波少年」で芸人に目隠しをして過酷なことをさせるプロデューサーが監督と聞いて、二の足を踏んでいた。

ああいう尊大な(同時に上の立場の人には堂々とへつらう)態度のテレビ人って、率直に言ってあまり見たくない人たちだからだ。テレビ関係の人って、なんであんなに偉そうな人が時々いるのじゃろう。めちゃくちゃな暮らしをしていることが垣間見える、不潔で不健康そうなたたずまいもとても苦手。

 

日本のお笑いの、立場の弱い者を権力を持つ側が痛めつけたり、馬鹿にしたり、抑圧したりするようなシーンを見ると、私はいつも1ミリも笑えないんだよな。

 

でも、仕事でこの映画を見ないといけない事になり、まあいいやと見る。

今の欽ちゃんのありのままの姿を見られたのは興味深いことだった。

 

欽ちゃんの生き方は、芸術家の生き方。

長年第一線でやってきた矜持は当然あるが、変な見栄やプライドはかなぐり捨てて、裸でぶつかっていく。もっとやりたい、自分がやりたいという気力は、一体どこから湧いてくるものなんだろう。何を燃料に、どこへ向かっているのだろう。

欽ちゃん76才。良くも悪くも普通のおじいさんのエネルギーではなく、少年のようである。相当特殊である。

もう、そうとしか生きられないたちの方なのだろうし、やむにやまれずそうなっている。無理をしている訳ではなく、心から自分のしたいことにまっすぐフォーカスしていて清々しい。亡くなってしまうその時まで、生き生きとやりたいことを喋り続けていくのだろうと思う。

明石家さんまも、きっとこういうおじいさんになるのじゃないかしら。

 

そういう特殊な人の再起をかけた舞台のドキュメントがこの作品。

欽ちゃんが新たに企画した舞台は、結果的に「欽ドン」の焼き直しに近いコンセプトで、微笑ましく懐かしかったけれど、新たな熱狂を呼ぶものではなかった。

けれども欽ちゃんはあきらめない。じゃあ次はこうするか、と常に前を向いている。これまで長く積み上げてきた考え方でもってドライブしていく。諦めなければ負けはないという、最強の振る舞い。

 

そういう欽ちゃんの強さとか、予定調和を壊す「ライブ」というものに対する考え方などは一周回って新鮮に感じられた。今の世の中に欠けている胆力のようなもの。

 

長く生きていて、一度は日本一の人気者になって、やがて多くの人から忘れられてしまった欽ちゃん。

でも、欽ちゃんはしおれてもないしみじめでもなかった。さあ、次は何をやろうか、っていうことだけに集中していて、「誰にどう見られているか」なんて完全に二の次だからだ。

 

土屋プロデューサーがどんな思惑で自分を引っ張り出してきたのか、自分がどのように扱われるのか、そういうこともどうでも良くって、「さあ、やりたかったことを今こそ存分にやってやるぞー」とだけ。

愛すべき欽ちゃんであった。

 

欽ちゃんの舞台を文字通り救ったのは、参加メンバーのひとりの次長課長の河本で、彼がもしいなかったらちょっと大変なことになっていたかもしれない。

その河本を、欽ちゃんが舞台後ものすごく感謝して誉めたら、河本が堪えきれずに大泣きしていた姿が心に残った。

欽ちゃんをある意味利用した立場の土屋プロデューサーたちテレビ人とは違って、同じ世界で長く生きてきた大先輩への心からの尊敬と、一緒の舞台に立てて誉めてもらった嬉しさがぎゅうと詰まった涙のきれいさだった。