続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

トンネル抜けたかな

一仕事終え、身体と目は疲れているけど、ちょっとほっと一息。

階下からは息子がバスクラリネットを吹く地響きみたいな音が聞こえてくる。今回の演奏会、「くるみ割り人形」でバスクラのソロを吹くのだ。低音ていいなあ〜、心休まるなあ。

 

長く鬱々としていたのが、徐々に上向きになってきているのを感じる。私の場合、サインは「他者との交流が増える」だ。

 

今朝も、先日我が家に遊びに来てくれただんなさんの友だちが、私が何気なくリクエストしていた本を(これがおすすめだよーってセレクトを教えてくれたらそれで十分のつもりだったのに)、わざわざ本屋さんで選んで買ってラッピングして、丁寧なお手紙を付けて郵送してくれた。

嬉しかったなー。

 

私は贈り物って、「母の日」とか「クリスマス」とか「バレンタイン」とかの決まった日にもらうの、実はそんなに好きくない。もちろん「わあー!ありがとう!」ってちゃんと言いますが。

「ちゃんとやることやっています!」って感じの交換が、なんだか。

それよりは、何気ないやりとりをずっと覚えていてくれて、何でもない時にさっと「あの時のあれ」ってプレゼントされると、嬉しいものだ。

 

日本では、ご近所さんや冠婚葬祭は特に、もらったら慌ててお返ししなくては!という文化だけれど、モンゴルでは、すぐにお返しするってすごく失礼なことなんだと以前何かで読んだ。10年、20年寝かせるらしい。

いささか長過ぎるだろうとは思うものの、モンゴル感覚のほうが自分的にはすっと共感できる。

 

覚えているということ、思っているということが、一番大事で一番嬉しいことだ。

 

 

あの時の会話。取るに足らない、とりとめのない冗談めかした吐露のようなものを、馬鹿にせず、じっと心に留めておいてくれて、毎日の仕事がとても忙しいはずなのに、その解決のために心と時間を使ってくれたんだな。そういう優しさ。

 

彼は、誰ともそういう風に関わっている。それが、デフォルトの態度である。

人として見習いたいなと思う。

 

 

ゆうたの吹くバスクラリネットの音がずっと続いている。低くて深い音はなんてあたたかで優しいんだろ。気持ちがじんじんと落ち着く。

 

これまで思ったことなかったけれど、低音の楽器を私も何かやりたくなってきたわ。