続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「20センチュリーウーマン」

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2016年アメリカ/原題 20TH CENTURY WOMEN/マイク・ミルズ監督/119分

 

公開時に映画館で見たこの作品を再び。

昨夜は21時まで一人だったので、ワインとチーズとチップスを傍らにリラックスして見た。夕方の光が部屋に差し込んで、すごく映画にマッチした柔らかいムードの中。

内容をほとんど忘れてしまっていたのだけど、うわ、こんないい映画だったかな、と改めて驚く。

 

映画館の大画面で見た方がその映画の良さが味わえるっていうのも一つの偏見だな、と今回思う。

見る人の、見る時のコンディションが何より重要だ。

大体、トイレを我慢していたら、どんな名作だって頭に入らないもの。

でも同時に、いい映画は5分で眠気も疲れも吹き飛ぶんだけれど。 

この作品は、公開当時映画館で見た時よりなんだかずっと胸に沁みて、至福のひとときだった。

 

 

1979年のサンタバーバラが舞台。リラックスしたゆるいカリフォルニアの空気感が心地良い。どの場面もハッとするような色彩感覚と完成された構図を持っていて、絵画的に美しいんだけれど役者の上手さもあって白々しくない。

どこかまったりとした夢みたいなムードをたたえながら、ある時代を誇り高く生き抜いた一人の女性の生きざまが力強く、同時に哀愁をもって描かれている。

 

主人公ドロシアを見つめるまなざしが、お母さんへの思慕そのもの。けして完璧な、理想的な人物としてドロシアを描いているわけではない。悩んだり落ち込んだり自信を失ったりして右往左往している。強くて自分を曲げないんだけど、迷っている。

人生と身近な人々を愛し、何より我が子ジェイミーの幸せを思い、自分の足で立ち、自分の頭で考えて一所懸命生きている。

そう、書いてしまうと本当に陳腐なんだけど、自分のスタイルを貫いて、一所懸命生きている。

そんな母の偉大さと寛大な愛の問答無用のパワーにひれ伏すようにして編まれた、監督が天国のお母さんへ捧げたラブレターみたいな映画だった。

 

母親に対して息子ってこういうところ、きっと少なからずあるよなあ。無条件の思慕。

自分の息子においても、この不完全な母に対して、どんなポジティブ色眼鏡なのだ、と思うような肯定感で持って見てくれていること、全面的に彼の一部を預けてくれていることを感じることがある。そんな息子が愛おしくないわけがない。夫とも誰とも違う、特別な関係だ。その結びつきの感覚は、娘との間にはないものだ。

 

身体の一部みたいな感覚だったのが、理解不能な領域が増え、徐々に離れて行くさまのせつなさ、ジェネレーションギャップやうっとおしさもすごくありながら、まだまだくっついていたい、ままらなぬ気持ち。

母と子の愛と難しさを描いた作品はたくさんあるけれど、これほどの納得性をもって、母と息子の独特の結びつきの感覚をありありと感じさせた作品はなかったように思う。私個人のパーソナルな感覚もきっと大きいと思う。ドロシアという女性、個人的にとても共感できる。

 

同時に、女性の描き方が、男性監督とは思えないほどに女性の感覚とずれていないというか。男性のひとりよがりのファンタシーや幻想が全然なくてほんと好ましい。

監督自身が映画のジェイミー同様、父親不在の家庭で、パンクミュージックを聴きながら、賢く強い女たちに囲まれて育ったことがもちろん大きいのだろうと思う。

 

現代的な感覚の一方、ノスタルジーの感覚もこの作品を魅力あるものにしている。

1979年には、インターネットもエイズもまだなかった。

アメリカでは、1980年には大統領がレーガンに変わって、世の中がどんどん経済至上・権力主義の方向に傾いて行く。アップルコンピュータも生まれる。現代世界との大きなターニングポイントになった境目が、1979年。

 

何かをゆっくり味わうこと、人と共に過ごす時は十全にその人と関わること、退屈すること。あらゆるシンプルさ。

こうしたことを、私たちはたくさん失ってしまった。

世界の右傾化や度重なる内戦や、地球温暖化や遺伝子組み換え食物や富の独占と貧困、そしてインターネットなどによって。

誰もがいつも気が散っていて、相手の見えない承認欲求、批判に対する恐れを抱えていて、絶えず時間に追われている。

 

この作品の醸している楽観的でスローなムードは、今では遠く甘やかなノスタルジーだ。

 

 

ラスト近くでの、母と息子のやりとりが心に残る。

「ぼくを育てるのが面倒になって人に任せたんでしょう?」と責めるジェイミーに、「あなたには幸せになってほしいから、私だけでは足りないと思った。私のようにはなってほしくなかったからアビーとジェシーに頼った」というドロシア。

そうすると、息子はまっすぐ母を見て、こう言う。

「I thought we were fine though, just me and you.」

 

いずれ失われてしまうと分かっていても、これ以上ない愛の言葉、泣かせるなあ。

ドロシアは呆けたみたいに「あら、そう?」とやっと言い、息子は「そう」と言う。

 

 

空軍パイロットになりたかった母の思いを叶えるように、1999年に癌で亡くなったというナレーションと共に、セスナで大空を駆けるドロシアのとびきりの笑顔を最後に映画は終わって行く。母の人生をまるごと祝福するように。

 

この映画は、アビーやジェシーという、他の世代の20世紀の女たちもとても魅力的に描き出していたけれど、長くなりすぎるー。

とりあえず今はドロシアの人生を思い、かみしめていたい。