続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

人それぞれのワールド

昨日は車で八王子を往復。はーくたびれた。

圏央道、空いてて八王子も近くなってありがたいけど、長時間がらがらの高速道路を運転するのは怖くて体が硬くなるなあ。

 

取材先は、小さな仕出しお弁当屋さん。カオスのようなとっ散らかった事務所、床に汚れた毛布が敷き詰めてあってびっくりする。

ちょっと「万引き家族」みたいな人たちだった。今思い出してもちょっとしんみりするような。

クリーニング工場で働く安藤サクラみたいな、ぶっきらぼうで無骨な格好をした、ちょっとセクシーな女性が仏頂面で山のような発泡スチロールの箱を抱えて運んでいたなあ。

 

初老に差し掛かった社長夫婦に、四方山話を交えつつ聞き取りをする。今日は随分時間をオーバーして聞き入ってしまった。

もう、身を粉にして働くループに首までずっぽりとはまり込んでいる。がむしゃらに、ただただ毎日の仕事に追われて、人から頼まれたことはできるだけ叶えてあげたいと思って融通をきかせ、無理をしてそれが無理とも気付かないくらいに伸びきったゴムみたいにずうーーーっと働き詰めでがんばっていて。

年末年始の4日間以外は無休で、1日12時間工場にいる暮らしなのだそうだ。

 

日々ひたすらに働いて目の前だけを見ていて、時間の感覚すらなくなっている。

「お弁当屋さんを始めたのはいつ頃ですか?」と訊くと、「いやあ、その前の肉屋が長くて。弁当屋はつい最近だよお」と社長のおじさん。

向かいに座っていた、かなりふくよかな、きれいな顔立ちの事務員さんが無表情に「わたしが20才で入って、今38才ですから」

「ああ、じゃあ18年かあー」

「肉屋はどれくらいか?うーん10年くらいか?娘が3才で始めて、今40だからー、ああ、じゃあ30年くれえだなあー」

夫婦揃って時間感覚がなく、その事務員さんも20才からずっとここでこうして働いているのか。いろいろな意味でしみじみと驚く。

 こうして日々を重ね、やがて病んで働けなくなるまでひたすら働きつづける人生。

 

取材の仕事は対話ではないので、ひたすらに相手を受け入れ、傾聴していると、どんどんその人の「ワールド」が実感として自分のなかに沁み込んでくることがある。

そうするともう、そのように生きるしかないんだ、ここからどこへも行くことはできないし、他に選びようなどないのだという感覚に自分自身も陥ってしまう。

時々そういうことが起こる。独特の感覚だ。

その人のワールドのリアルな説得力が、ひととき自分自身を凌駕してしまう。

 

たとえば、若くて美しく仕事もできて社交的でいろいろ完璧でないとだめだ、と思っている若い女性の感覚が移って、お金持ちで見栄えもそこそこな男性をなんとしてもつかまえなくっちゃ人生もうどうしようもない!みたいな、普段全く共感もできず興味も持てない感覚が、ひりひりと体感できてしまったりもする。

その人の「必死」の尻尾に触れた時の醍醐味なのだろう。

 

誰もがその人なりの強迫観念を多かれ少なかれ持っている。他人のワールドの感覚で覆われてしまった時は、不幸という感覚ではないのだけど、独特の身動きの取れない不思議な閉塞感があって、胸苦しく思う。

金持ちでも貧乏でも、美しくても醜くても、どんな他人の人生の感覚も、どちらが良いも悪いもなく、ただ違いにシンプルに驚き、興味深く思う。

気がつけば、100人を超える人たちに取材を重ねているけれど、誰かになりたいとは、不思議と思わないものである。

 

同時に、私自身は人生はいろいろな選択肢があるし、わりに失敗してもリスタートすれば良いのだし、なるようになるし、と普段は自然に思って生きている、そんな自分のヒッピー性質を、取材した他者を通じて強く気付かされる。

 

そんな時、何の華やかなこともなく地味で、金銭的余裕もぜんぜんな暮らしなのだけど、なぜだか自分がものすごい余裕をかましているように思える。びっくりするような後ろめたいような気持ちになる。

 

しかし、傍から見て大変に見えようが見えなかろうが、人は結局のところ自分がそうしたくてそのような人生になっているというところも多くある。それぞれに違う楽しみや苦しみがあって、好みの問題だ。

これが正解の人生って、結局ひとつもないし、全部順風満帆の人生なんてこの世には存在しない。

どんだけ賢くても間違わない人もいない。

 

つい、浅はかな考えで他人に対して「もっとこうしたらいいのに」とか思ってしまっても、ぽっとやってきた何も知らない人間があーだこーだ言うのは余計なお世話なのだ。

と、分かっていても、訊かれれば個人的にはこう思う、ひとつの考えとして、とことわりつつ率直に意見は言うけれど。

 

世界の見え方は、人によってこんなにも違うのだなあと思うことは、この仕事をしていて一番面白いところだ。