続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

コンサートin横浜

激しい雨。窓からひんやりとした空気が入って来て心がしんと落ち着くなあ。

昨日は、横浜でゆうたの参加するオーケストラの公演だった。

半ワークショップみたいな企画で、大人のプロオケに子どもたちが入って、共にひとつの曲を作り上げるというもの。

この3カ月間、中間テストやら陸上の練習や大会やらの合間に何度も横浜に通って、まあ大変そうだったけど、何はともあれ結果オーライ。

 

チャイコフスキー交響曲第5番は、クラリネットがすごく活躍する曲で、ソロも多く、母さん手汗が止まらなかったが、本人にとっては素晴らしい成功体験になったろうと思う。だいいち、約45分もの長さの大曲を、吹き切っただけでも大きな自信になったと思う。

 

この企画に参加するのは2回目だけど、指揮者をはじめとする大人たちが子どもたちを育てるということに意義を感じてくれて、損得を超えた何かが生まれるのがすごいと毎回思う。

 

そりゃあ同じ5番をカラヤン先生が振ったベルリンフィルの演奏は超一流なんだろうけど、音楽の良し悪しって本当に技術じゃはかれないものだ。

高いチケットを買って、プロの音楽家でもない子どもたちが主役のコンサートをわざわざ聴きに来てくれたたくさんの一般のお客さんがいたこと。泣いてくれていた人も何人もいたし、終演後のロビーの雰囲気で、すごくみなさん満足してくれたんだなーというのが伝わって来て、裏で支えて来た一員として嬉しい気持ちになった。

 

数値化できることや格付けできることは、本質とは違う、あるいはほんの一部分だと最近よく思う。音楽は、その最たるものだ。

 

 

そして、この企画の立ち上げ時から毎回リーダーとして、コンサートのMC(プロのアナウンサーみたい)としてもやってくださっているある素晴らしいお母さんの人徳に、今回も感服した。

去年参加したときも思ったけれど、こういう風に人をまとめられる人ってなかなかいないなーと見ていて感心する。

 

何も人に押し付けず、期待せず、やってくれたらありがとう!で、皆の心を明るく鼓舞することで物事を動かしていく。気持ちのよい人だなあと思う。

熱くてまじめなんだけど、テキトーで、当然自然に人に尊敬されている。

皆があまりに頼りにしているので、色々背負ってしまって内心きつい部分もきっとあるんだろうなとは想像する。

 

私は集団、とりわけ女性が集団になったときの、すばやく人を値踏みして良い立ち位置につこうとするあの姑息な感じが苦手で仕方ないのだが、その方はけちやいじわるや変に気を回したり先輩風を吹かせるみたいなものが一切なく、いつもひとりで機嫌良くすっと立っている。

何にもジャッジしない。体の周囲に気持ちのいい風がさあーっと流れている感じ。

 

終演後のミーティングで彼女が挨拶した時、自分のことは全部後回しにして、周囲の人たちの愛情を想像して心のこもった感謝の言葉を述べ、ぐっと涙ぐんでいた姿にみんなが報われたような気持ちになった。

私も、ほんとにしょっちゅう忘れ果ててしまうんだけど、できる限り感情のベースを「感謝」に置いて日々暮らしたいものだと反省した。

 

 

そして、最後の挨拶で、指揮者が子どもたちに「これから生きていく中で、いろんなことがあるだろうけど、『音楽』で乗り越えていってほしいです」と言っていた。

本当に。格付けも上下も流行も何もなく、無形で何の理屈もない音楽が傍らにある人生は豊か。人間はどんなに老いても、死ぬ間際になっても聴覚だけは残るのらしい。そういう意味でも音楽は一生の友だちだと思う。

 

とはいえ、家に帰ってからもご機嫌がとまらず、風呂で延々チャイコフスキーの鼻歌を歌い続けているゆうたにはしびれを切らし「いつまで入ってんのー、早よあがれ!」と思わず文句を言う母であった。