続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

収穫

今日はしとしとと雨。静かで、薄暗くて落ち着くなあ。

今日からかかるまとまった仕事、どんだけめんどくさいんやろうと戦々恐々としていたのだけど、ふたを開けたら結構シンプルなものだったので、ほーっと一安心している。

一日3本程度さくさくっと書いて、あとはマイペースに過ごせそうな見通し。

見たい映画が目白押しなので嬉しいわー。

 

ちょっと振り返りで日曜日のこと。しょうもない母子ゲンカとも言えない言い合いをして、結局友だちと喋りにひとり幼稚園パーティーへ行って、結局良かった。

小学校以降は、腹を割って話せる間柄の母親仲間ってほんとにできにくいから、幼稚園の仲間は貴重な存在。普段から会っている顔ぶれも久々の顔ぶれも関係なく、一気にあの頃のノリが戻って来たような感覚で。

子どもトータル7年通わせて、何十、多い人は何百時間も一緒に公園で過ごした人々だからなあ。

 

おっちんの痩せたい病のこと、女の子がいる友だちに相談したら、中高生女子だったらごくごくありふれた現象だよ、と笑って一蹴され、それもそうだねとあっさり納得。

「どうしても痩せたいんだが、地道に運動するのとかは嫌で、魔法のようなサプリで一気に痩せたり背を伸ばしたりしたいらしい。何と虫のいい・・・!」と言うと、わっはっはーと皆に爆笑され、ま、どうでもいっかーという気持ちになった。

そういうの、ありがたいなあ。夕方遅くまでわいわいしょうもない話をして、楽しかった。

 

 

そして、もうひとつの収穫は、友だちの子が通っているとある寺子屋塾の存在を教えてもらったこと。

 

受験に勝つための塾って1ミリも興味が持てなくて、周囲の人々に「ゆうたくんはまだ塾に行ってないの?」と聞かれるたびに、

「そろそろ入らないとなーと思っているけど、まあ本人のやる気がなければ結局右から左だもんねえ」というようなウソを適当に言ってきた。塾は当然入れるべきものだ、という文脈で話した方が、相手はすんなり納得してくれるのです。

 

朝8時半から夕方16時まで学校で授業があるというのに(しかも中学校の昼食はたったの20分程度しかない。短すぎると思う)、部活から帰ってラーメンかきこんで、タッチアンドゴーで19時から21時や22時までさらに週3で塾行くとかってさあ。

人間の集中力ってそんなに保たなくないか?って普通に思うし、だいいち自分は明確なモチベーションがない限りはそんな生活やだぜって思うので、個人的には子どもに塾入れって特に思わない。

 

しかし、こういう感じ方なぜか他のお母さん方にはあんまり共感してもらえない。そうは言っても備えないと後で大変なことに!ということなのかなー?よく分からない。私は変わっているのかなあ。

 

気がつけばうちは絵に描いたような少数派で、クラスで塾行ってない3人のうちのひとりで、クラスでスマホ持ってない2人のうちのひとり、なのらしい。

当然LINEもやってなければ、ゲームにも疎い。

こだわりはないが、みんながやってるから、行ってるから、持ってるからっていうことは理由にはならん、という気持ち。

 

 

そんなこんなで、教育方針は全然厳しくなく、学校も縁のある学校へ行けばいいと思っている。

しかし、ゆうた自身が最近妙に勉強しだした。気持ち悪い。どうやら周囲の受験熱を感じ取ってやばいと思い始めたらしい。

「行きたい学校とかまだ分かんないけど、選べるためにはがんばっとかなきゃいけないらしい」とか言っている。しかし、いかんせん勉強の仕方がやみくもっぽく、見ていて気の毒。

 

はーどうしたもんかねと思っていたら、友だちが自分の子を入れている寺子屋塾のことを教えてくれた。こういう人がいるのもこの幼稚園ならではだ。

 

それは、相当ユニークな塾だった。月いちの特別授業、先月は猟師と鶏を絞めてみなで食べ、食についての授業をしたらしい。テスト期間中は朝、学校へ行く前に先生(イケメン)の手製の朝ご飯(プロはだし)をいただいてから、みんなで自習している。基本は分からないところを個別に教えてくれるとのこと。

 

長く放浪したあとに大学に入り直したその若い先生の教育に対する考えに共感。学ぶことの楽しさへ向かう「本質」をぐっと見つめている。

帰って「こんなんあるらしーよー」とゆうたに言うと「行きたい行きたい行きたい行きたい」と言うので、来週試しに連れて行く事にした。

先生に連絡を取ったら、「考えを理解してもらうために来月の特別授業を親子とも受けてもらえますか?テーマは「難民」です」と言われる。た、たのしみ・・・。

 

勉強や、受験に関してはいろんな考え方があり、それぞれ正しいと思う。

ただ、私自身は、学ぶことが大好きで学校が大嫌いだったので、「学び」というものは人によって時期も内容も一律ではなく、誰もが決まった時期におんなじレールになんとしても乗らなくてはいけないというのは本当はおかしく、そもそも学びって競争じゃないでしょう、と思っている。

引っ掛け問題とか、落とすための試験とか、成績順に座らせるとか、ほんとに意味が分からんチンである。それは本質とはほど遠いし、ちっとも楽しくない。

 

勉強が楽しくなりそうな先生、そして私自身も新たな何かを学べそうな予感で、今ちょっとわくわくしている。