続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

岡本太郎美術館

金曜日はだんなさんの提案で急遽川崎の岡本太郎美術館へ。

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稲葉先生がとっても薦めていたとのことで、しばらく前からチャンスをうかがっていたらしい。ロケーションが素晴らしいから、新緑の爽やかな天気の良い日をと。

 

はじめて降り立った向ケ丘遊園、専修大学があるので、学生さんがいっぱい。ご飯屋さんも学生向けなかんじのお店が多く、通りすがりのパスタ屋でランチしてから向かったのだけど、学生向けらしく、ボリューミーであった。

 

駅から1キロほど歩く。生田緑地の中は豊かな自然が広がっていて、菖蒲池では蛙の声がコロコロと谷戸に反響して、深呼吸したくなるような緑のにおい。

途中、広い芝生のSL広場にこども科学館みたいなのもある。テラスの気軽なレストランも。きっと週末は親子連れで混み合うんだろう。

他にも、日本の古い茅葺き屋根の古民家をたくさん展示した「日本民家園」というのがあったり、とても良い場所。太郎美術館含め、大人も子どももおすすめです。

 

奥まった美術館の手前に、巨大なメタセコイアの林。空気が変わって「ちょっと伊勢神宮のかんじに似てる」とだんなさん。

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そこを抜けると美術館のエントランスがあらわれる。

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参道みたいだと言い合う。

この、辿り着くまでの道のりのほんのりトリップ感があるのが素晴らしい。

 

内部は撮影禁止だったのだけど、とても充実した内容。

太郎好きはもちろんそうでもない人でも、わざわざ来たかいはあったというくらいの見応えは十分。

 

今となっては死語となったかつての太郎の流行語「芸術は爆発だ」という言葉の通り、どの作品にもぎゅーっと圧縮されたようなエネルギーのかたまりがあって、どれもこれも強いなあと改めて思う。作品を見る人に、見るだけで具体的に火をともすような何かを与えるって、好き嫌いを超えてすごいことだ。

太郎の絵画はどれもこれも、不穏な雰囲気。けれど彫刻も含め、ものすごくきっぱりとしていて、螺旋のエネルギーがぐわんぐわんと立ち上るようなパワー。誤摩化している事に対してガツーン!と怒っているという迫力。見ていて不安になるけれど、同時に勇気づけられるような、姿勢を正されるような感覚がある。

 

名言の宝庫みたいにいろいろな所で引用される太郎の言葉たちが、ここにもいっぱい。

言葉だけだと、とにかく逸らすな!しゃらくせーもんなんか全部ぶっ壊しちまえ、という感じで、ただただ圧倒されてしまうような向きもあるのだけど、こうしてトータルで俯瞰で彼の作品と人生というのを眺めると、やはり非常に高等遊民的というか。

非常にモダンでしゃれた感覚があって、暑苦しさみたいなものとはむしろ対極だよなあ、そりゃそうだよなあと改めて思う。

 

企画展は、太郎の写真展で、生前に撮った膨大な写真から選りすぐりのものをテーマ別に展示したこれもかなり見応えのあるもの。

もののディテール、曲線や素材やデザインにぐっと目を凝らしたもの、人々の気取らない日々の営みを写したものは、いかにも彼らしいというか、彼が何を美しいと思うかということが写真を通してよく見えたし、私は田舎道や階段の写真に妙に心惹かれたな。

写真は、写真家の被写体に対するまなざしが隠しようもなくあらわれる。太郎の写真はやはりきっぱりしているんだけど、少しも傲慢ではないことが好ましかった。

 

疲れてカフェでお茶してから夕方混雑した電車に乗って帰る。普段のふたりのおでかけは映画館ばかりだから、たまにはねーと言いながら、ずっと機嫌が良く、優しい気持ち。珍しく1万歩は歩いたはず。

気が合う人が隣りにいてくれて、気が向けばこうして一緒に出かけられる人生で嬉しい。