続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

南北首脳会談

今朝はちょっと涼しい。

昨日、がんばって書き上げてしまったので、締め切りだった今日は何もすることがなし。わーい。

南北首脳会談の中継を横目に見ながら、衣替えと掃除の整える一日。

 

韓国と北朝鮮、良かったなあ!軍事境界線を互いに越えながら握手を交わす文大統領と金総書記の顔が、とても柔らかい優しい、うそのない表情で、繋ぐ手の表情からも愛情があらわれていて。素晴らしいなと思った。

 

 

Can we just get along?

仲良くあろうとすることは、不可能なんだろうか?

日常のニュースでは、絶望的な気持ちでそう自問し、嘆息することばかりだから、

本当にこうして、何の武力も使わず、笑顔で手を繋ぐことが現実に目の前に起こっているということが、にわかに信じがたいくらいだ。

そのようなコミュニケーションを人が取れる「わけがない」という事例ばかり毎日見せられているのだから。

 

ソウルの街中で中継の画面を見つめる市民たちの表情が、みなきれいで、きらきらしていた。目に涙をうかべている人も多くいた。

 

そこに熱狂はないのがとても素晴らしいと思った。

誰も叫んだり拳を上げたりせず、静かに微笑むように画面に見入っている。

 

両首脳の繋がれた手を見て、自然発生的に、照れたように遠慮がちに、小さく心のこもった拍手をする人たちの温かい雰囲気を見て、ああ、本当に良かった。良かったなあと思って胸が熱くなった。

 

 

中継の合間に、テレビではいろいろな人がいろいろな事を言っているが、全て蛇足という気持ち。

映像の、中継の、第一次情報ほどシンプルで強いものはない。

もちろん簡単なことではないだろう。いろいろな思惑や利害関係が渦巻いているだろう。

けれど、目の前にいる両国の人たちの柔らかい優しい表情が表面的なものではないということが映像を通して伝わってくる以上、ここから生まれることはきっとポジティブなことなのだということは確信できると思う。

一気に解決することはできなくても、ひとつひとつ手を取り合って前へ進んでくれることを心から願いたいと思う。

 

 

文大統領という人は、いったい、どんな魔法をかけたのだろう。

就任して、1年経たずしてこの状況を作った。間違いなく、彼が中心となって作った。

 

金正恩の変貌ぶりには驚くばかりだ。

トランプとのやりとりはいわずもがな、独裁恐怖政治で側近を片端から何十人と殺し、近くでどんぐり拾いをしていた少年まで自らの恐怖から間違えて殺してしまったほどに、不安と恐怖の中で身の毛を逆立てて生きているような哀れな「ロケットマン」。

ついこの間までそう呼ばれていた人が、文大統領の正面に微笑んで座り、饒舌に話している。

 

金主席の変化もまた、文大統領の存在ゆえだと見ていて感じる。文大統領はけして自分を軽んじたり、貶めたりしない。人として尊重してくれると安心しているから、このように心を開いて話せるんだろう。

何と言うか、物怖じはせず堂々としているものの、ほめられた子供のような表情をしている。成熟した大人の表情の文大統領とはある種対照的だけれど、見ていて微笑ましい気持ちになる。

 

文大統領は、日本では随分と過小評価されているけれど、就任当時から私は興味津々だ。両親は脱北民であり、捕虜収容所の労働と卵売りで生計を立てる極貧の家庭に育ち、やがて人権弁護士となり、徴兵時はグリーンベレー特殊部隊に所属し、表彰クラスの能力を持つ兵士でもあったという人。生い立ちからして、世襲政治家(誰とは言いませんが)みたいな人々とは世界が違う。

 

「平和の家」に入るまでのセレモニーで、両国の閣僚と両首脳がひとりずつ握手を交わしたのだけど、韓国の閣僚たちと日本の閣僚たちの面構えの違いにがっくりしてしまった。

特に今回の陰の立役者のひとりと言われる韓国の女性外務大臣は、若々しい白髪がいかにもモダンな、柔らかい雰囲気の素敵な女性で目を引いた。

リーダーによって、支える人たちもこうも変わってくるものかと思った。

ちなみにカナダのトルドー政権の閣僚たちも、素敵な顔の人ばかりだった。

 

日本は、ご飯がまずくなるような顔ばかりのチームしか作れないリーダーが、早いところ退いてくれるといいなと思います・・・。頼むから。

 

ともあれ、東アジアの小さな半島の平和を、世界中のいろいろな人が希望の気持ちで同時に見ていること、素晴らしいことと思う。

久々に嬉しいニュースだったなあ。