続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

2500万なくなる話

窓の外は、音もなく雪が降る。しんしんと冷え込む。

今日は祝日で、子どもたちがちょくちょく邪魔をしに来る。

3日がかりで仕上げた社長インタビューの原稿をさっき納品して、さっぱりせいせいした気持ち。

明日締め切りのコラムをえいやっと仕上げたら、しばらくぽかんとした日々がやって来る、かな?

 

いろんなことが山積みになっている気持ち。ひとつひとつ片付けよう。まずは髪がボッサボサで大変なことになっているので、きれいにカットしてもらって、ヘナもしてもらって、暇になったら連絡するねって言っていた友だちに会いたい。

 

 

おととい実家の母と電話した時、父の認知が進んでいるという話をまたも聞く。

異常な笑い上戸の母は、例によって爆笑しつつ(ひととおり笑いの波が収まるまでは話が全く始まらない。電話であっても1分とか平気で笑っているので、いつも扱いに大変困る)、父が「2500万、見いひんかったか?なくなったんや」と言っていた話をする。

 

「5000万あったうちの、2500万は見たんやけど、残りがなあ。困ったなあ。子供らにあげたかったのに」

それで、そんなもんない元々ないやろって返したのか、そーやねそーやねと適当に相づちを打ったのかと私が母に尋ねると、

「子供らも自立してちゃんとやっとうねんから、そんなもんあげんでもよし」

と言うたったよ、と母。

 

「でも、あげたかったんや」と父は食い下がっていたらしい。

かわいいなあ、優しいなあとじんとする。

そして、そのとき私は随分若返って独身時代の設定だったらしく、結婚や孫たちのことなども忘れ、「あいつの仕事はうまいこと行っとんか?」と気にしていたらしい。

なのに、現在タイに赴任している弟のことはちょっと認識していて、母が

「健はどこにおるか分かるー?」と訊くと、

「ああ。カンボジアやろ」と即答。

難しい方に間違えとるな!と母と爆笑した。

 

どこまで分かっているのか分かってないのかがまだらになっているので、どういう心づもりで接すればいいのか、大変に難しい。

春休み、帰省する頃には近所の病院に転院している。今から予備知識をたくわえておかないとなー。