続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「リメンバー・ミー」

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父は出張中ゆえ、母子3人で鑑賞。おっちんは半年以上前からすごく楽しみにしていて、先月からカウントダウンしていたくらい。

 

本編が始まる前に、結構な長尺で「アナと雪の女王」の短編が同時上映された。

本国公開が昨年月下旬だったこともあり、クリスマス感全開の作品。

良くできていたが、いかんせん季節感がミスマッチなのと、20分以上って少々長いなあと思う。

 

そして、アナが喋りだした瞬間、「しまった!吹き替えだった!」と気付く。

吹き替えが苦手なので、普段はちゃんと確認しているのに〜。

と一瞬愕然としたが、ディズニーの吹き替えのクオリティーはやはりすごいな。役柄にぴったりの質の高いアフレコで、違和感を感じずに楽しく見ることができた。

 

本編も字幕に目をやらず存分に映像に集中できるんだから良しとしよう、と思う。

そして本編が始まり、たまげる。

「アナ雪」とはさらに一線を画すレベルの、あまりの、あまりの美しい映像に、物語が始まる前から感激で涙腺がやばかった。

 

全ての要素がものすごく高いレベルで調和していると感じる。舞台となったメキシコと、メキシコのカルチャーと、メキシコ人に対するリスペクトを感じる。

想像力がのびのびと楽しげに跳ね回っている。「死者の国」のイマジネーションのどきどきするような素晴らしさとユーモラスさ。生者の住むメキシコの街並みのほっとするような懐かしい雰囲気。

 

メキシコは、子どもが小2と年中さんの頃、家族で一カ月かけて北から南まで縦断の旅をした思い出の国だけど、忠実に、愛情をもって再現されていたと思う。

美しくて美しくて、隅々までめっちゃ楽しかった!

 

そして、何よりもキャラクターに命が宿っている。上映前の予告編で、スピルバーグの新作の「レディプレイヤー1」というのが流されていたが、ああいう一見の人間らしさ、アンドロイド的人間らしさをどこまで精緻に追求しても何の魅力も感じない。

 

この作品のキャラクターたちは、すごいレベルではあるが、造形はあくまでアニメーションのキャラクター。けれど、人間としての本質的なしるしをすごく刻んでいるというか、身体表現や表情と感情との繋がりにおいて驚くほどナチュラルで、かつ丁寧だ。

 

とても「人間らしい」と感じるし、実写の映画で俳優の表情の演技に心を動かされるのと同じようにキャラクターの微妙な表情の変化に心を揺さぶられる。

 

物語も、子どもにも十分伝わるシンプルなものであると同時に、大人の心にも響くノスタルジーを備えている。分かりやすいんだけど、幼稚でない。

すごい映画は、いくつもの層を持ち、それぞれの見方で発見があり、楽しく見られるものだけれど、この作品もそういう作品だと思う。

 

私としては、良質なファンタジーにとても心慰められた。エンドロールの最後の最後まで、作り手たちの愛情がぎゅーーーっと詰まっていて、泣かされたなあ。

おっちんは終わってすぐ、涙を拭きながら、「おっちんも、死者の日作ろうかなあ。おじいちゃんとおばあちゃん全部調べてさ」と言っていた。

ゆうたは私たちがあんまり感激しているのに鼻白んだのか「なんか、ぼーっとしてるうちに終わっちゃったな!まあまあだった」と憎らしいことをわざわざ言っていた。

 

 

美が世界を救う、とある海洋学者が言っていた。

アメリカの大統領が「shit hole」と蔑んだ国は、こんなにも美しく豊かなのだ。

メキシコという国の賑やかさや雑多さや人情深さや独特のセンス。ひとりひとりがアーティストみたいな、縮こまっていないあの気負わない自由な感じ。

そうしたメキシコのまるごとを肯定し、まるごと祝福しているみたいな映画だった。

メキシコの人もきっとニコニコして見るだろう。

 

 

同時に。

全員を満足させることはどんな作品にもできないことだから、どうしようもないことなんだけれど、身寄りのない人や、友だちのいない人にとっては、とても見るのが辛い映画だと思う。

見ながらも、心の片隅でそのことが小さな小骨みたいにひっかかってちくりとして、今もやっぱり小骨はなくなっていないみたい。

 

 

そして、ものをあげたり、ほめたり、その場で親切にすることなんかより、覚えていることって、本当に一番心を使うことだと改めて思う。

家族でも友だちでも、生きている人でも死んでしまった人でも、自分にとって大切な人のことは、時々ちゃんと思い返し、ふと連絡をしたり、お花を捧げてお祈りしたりすることをもっと大事に考えたいなと思った。