続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

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鵠沼海岸「シネコヤ」にて鑑賞。 

シェイプ・オブ・ウォーター」を見た時にも感じたけれど、ハイリスクハイリターンの映画製作においては、市場原理優先で作られることがどうしても多いなか、監督の強くシンプルな思いが周囲の人々の心を動かした末に結実した作品には、醸し出す独特の熱がある。そうした手触りが感じられる作品は、見る人を幸せな気持ちにすると思う。

 

根本にあるのは、見る人に本質を伝えたい、痛んだ心を慰め励ましたいという愛情。

世界のありようにじっと目を見開き、深く深く潜り、社会の病を自ら病むような危うい場所で切実に表現されている、それは作り手の存在をかけたものであるがゆえに、人の心を深く動かすのだと思う。

よくぞかたちにして届けてくれた、ありがとう、と心から感謝の思い。

 

 

以前、ハナレグミのタカシくんが、なぜ歌を作るのかと訊かれてこんなことを言っていた。

「子どもの頃、夏休みの終わりの夜、軽井沢から車で東京に戻る時に、しんとした車の後部座席で寝っころがっていると、暗闇にオレンジ色の光が音もなく、ひゅん、ひゅんって流れて行くんです。その光を見ながら、ああ夏が終わるんだなってしんみりと思って。ぼくは『そういうものそのもの』を歌にしたい」

 

この作品には、石井監督の目に見える「東京のありのまま」が繊細にリアリティーをもって表現されていた。

都会で孤独に一人暮しをして働いていた若い頃のことを、あの頃感じていた心まるごとを思い出すような心象風景だった。

 

自分がどれだけさびしいのかもう自覚できないほどにさびしく、無心に目の前の日々を生きる人々。どれだけ疲弊しても、感覚が鈍ってしまっても、それでも人は誰かと心を通わせたいし、命あるものを育みたいし、何かに希望を見出そうとする。悲しいことは悲しい。

そんな人間という生き物のいじらしさが丁寧に描かれていたと思う。

 

 

今、多くの表現者が、社会の中の「いないとされている人」に目を向け、その小さな声を聴き、彼らに語らせようとしている。

 

表現者たちはこう言っている。

「ほら、彼らは確かにここにいて、生きているよ。彼らがだめなのは、努力が足りないからじゃない。皆多くは求めず、ささやかな幸福を叶えるために、できる限りのことをしている。また、たとえベストを尽くしても、人は誰もやがて必ず老いるし病むのだ」と。

 

そつなくシステムにフィットできる人やあらかじめ持っている人をデフォルトに据えた、そこからこぼれ落ちた人はいないことにされるような、そんな資本主義の極まった世界のありように対するやるせなさが彼らを表現に駆り立てている。

 表現者が足を踏ん張るみたいにして逆風の中誠実な仕事をし、彼らの作る映画が人の心を癒しているのはすばらしいことだなと思う。

 

 

 

しかし、社会的メッセージもさることながら、個人的にもっとも心を動かされたのは、この作品のダイアログの秀逸さだった。

石井監督は、原作となった同名の詩集にインスパイアされて、たった2週間でこの作品の脚本を書き上げたらしいが、すごい才能。

一人ひとりの発する言葉は軒並み凡庸だのに、胸に突き刺さるような深みを備えていることに何度も驚かされた。

 

例えば坂元裕二の脚本では、「ものすごく気の利いたこと」を登場人物に語らせる。

「愛されても、愛してくれなかった人のほうが心に残るものだよ」

みたいな。確かにぐっと来るがこんなおしゃれなこと普通の人は言わへん、というレベルの名言の数々は、それが彼の持ち味でもある。

坂元さんに限らず、登場人物に脚本家の言いたいことをそのまま言わせているパターンって多いし、自分も会話劇はとても好きだから楽しんで見ているけれど、石井監督の紡ぐ言葉のベクトルは、これとちょうど逆のものだ。

 

彼らの語る言葉は、平易でありきたりの言葉。説明も足りない。けれど、この言葉は自分を表現することに慣れない彼らが、必死に選んだ精一杯の言葉なんだという納得性があり、言葉が生々しく生きている。

凡庸な言葉の持つ「実感」の重みにしびれることは、カタルシスだった。

 

自分の秘かな目標は、レイモンド・カーヴァーの「ささやかだけど、役に立つこと」のような短編を書くことなんだけれど、この映画を見て「うわー脚本て面白い。書いてみたい」と思った。言葉の魔法を見せてもらったな。

 

映画の作りも型にはまったものでなく、思い切った表現もいとわず、整合性に頓着せず、作品の世界観ありきを貫いて、映画の自由さも見せてくれた。

 

 

 

大勢の人にまみれ記号化され、誰もが代替可能で、取るに足りないちっぽけな存在だと、無言の圧力を受ける社会。人が前を向いて寄る辺ない世界を生き抜くために本当に必要な支えとは何だろうか。

 

ささいなことに見えて命を左右するようなものすごく大きいことや、逆に重大事のように思われているけれど、実は何の足しにもならない薄っぺらなものの姿を映画は垣間見せる。

 

今やすっかり落ち込んでしまって、混乱して分からなくなってしまっているように見える人が、心の奥底では本当のことを体全部で分かっていて、いじらしいまでに自然にそれを欲するありさまを見せる。

 

そして、美香と慎二の恋を通して、淋しく漂う人と人とが偶然巡り会って引き寄せられ、「他でもないあなたが生まれて来た意味と価値はある。確かにある」と認め、支え合うことの、あまりにありふれていると思われているこうした心の結びつきは、実は奇跡みたいに尊いことなんだという感慨が胸にじわじわとひろがっていく。

 

石井監督の人間を見つめるまなざしは悲しくて優しい。ああいいなあといつも思う。