続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

昨日のインタビュー

昨夜は、ばたんきゅうで10時台には寝てしまった。

帰宅ラッシュの満員電車に疲れたし、インタビューも疲れたし。

 

昨日のインタビュイーは、まさに立て板に水って感じで、見た目も喋り方もワードチョイスもまんま荻上チキさんみたいな人だったなあ。ひとつも噛まずにすごい早口でぺらぺらと賢そうなことを喋るさまはほれぼれするほどで、私は若干ぽかーんとしていたと思う。

今回ばかりはあまりの情報量の密度に、録音を結構しっかり聞き直さないと書けなそう。

 

しかし、ブラック労働の代表みたいに思われがちなIT業界だけれど、ITにも当然いろいろあって、カースト上位の世界はこんななんだな、を垣間見たというかんじ。いわゆる「IT土方」的世界とは随分違う。能力が高いって素晴らしい。快適。そういう世界。

 

同時に、2年後この会社がなくなってても何の不思議もないな、という「うたかた感」みたいなものもすごく感じた。働く人も、みんな宿り木みたいに今のところはここにいる、というかんじ。今のところお互いのメリットが一致しているから。

 

こうして能力の高い人々は、会社がなくなろうがなんてことなく、どこまでもスマートにスイスイッと泳いでいくんだろうなあ、と思う。

 

そういうものを見ても、ひとつもうらやましくもなく、少しも圧倒されなくなってしまった自分って、なんなんだろう・・・。これがおばさんパワーなのか?

ただ、みんな自分にぴったりと合ったところに無理なくいることが幸せだよね、と思うし、やりたい事を存分に追求できる自由があるのは素晴らしいなと思うのみ。

 

私が嫌なのは、人が向いてないことをすることだ。

人によって能力の差や向き不向きがあるのは当たり前のことで、得だから、儲かるから、その方がリスペクトされるからって、合ってない、やりたくもないことに無理に注力するのは無駄でもったいない。

これはこれで、私流の歪んだ合理性なんだろうなとは思うものの。

20年やってはじめて一人前、とか、極限まで努力すればみんなイチローになれる、みたいな思想は苦手だな、と思う。

 

 

お金とそれに伴う評価と、人のある分野に関する能力の高さには、なんの相関性もないが、往々にしてそこがごっちゃになってしまうから、見失いがちになる。自分の中での優先順位はいつだってしっかり持っておきたい。