続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

どこまで言えば

朝から根を詰めて原稿を一本、無事仕上げる事ができたー。ふーほっとした。

毎回、書き出す前は不安。慣れない。果たして出来上がるんだろうか、収拾はつくのだろうかと。

でも、だんだんと書くうちに輪郭が生まれ、リズムが生まれていく。その過程が文章を書く醍醐味だと思う。

 

 

話変わって。

淀川さんは、4才からもうどんな映画でも家族と一緒に見ていたということだが、我が家もあんまり見る映像作品に関して制限は設けていないほう。

残虐なものとか、夢に出てきそうなホラーはあんまり見せたくないと思っている。

あとはエッチなものは自分が恥ずかしくなっちゃうから、何となーく遠ざけてはいるんだけど、エッチ絡みのシーンって、不可抗力みたいに気がつけばそんなシーンに、っていうことが多々あって、「ありゃー、もうしゃあないかー」とちょっとどぎまぎしつつ、そのまま見せてしまうことも。

 

もっともうちの子たちは1人で映画館へも勝手に行くし、親の留守中にNetflix見たりもするので、私の知らない所で知らないうちに色々見てるんだろうなとは思う。

 

で、「キャプテン・ファンタスティック」。作品の中の重要なモチーフのひとつに「大人はどこまで子どもに本当のことを話すか。どんな分野においてもありのままを説明するか」ということがあった。

 

で、15、6才のお姉ちゃんが読んだ本の考察を父と話しているシーンで、話の流れで「性交」という言葉が出てきて、ちっちゃい7、8才くらいの弟が「ねー、せーこーってなーにー」と父に訊く。

父は一瞬言いにくそうにするんだけれど、保健体育の授業みたいに、プラクティカルに冷静にその仕組みを説明する。

 

不意打ちで「おぅっ」と思って、思わず隣のおっちんの顔を見ると、

「あーあ、言っちゃうんだ。だめだよーちっちゃい子にそういうこと言っちゃ!」と言って、あーららー、みたいな顔をして肩をすくめている。

お、お前もちっちゃな子やないか・・・・!

それで、「おっちんは知ってたの?」と訊くと、

「んー知ってるよ」「いつから?」「小学校2、3年くらいかなあ、分かんない」「なんで」「なんかで見て?自然に」とのこと。

 

その後別の映画を見ていたときも、不意に男女がいいムードになり、男性がゆっくり女性のブラウスのボタンを一つずつはずしていくというセクシーなシーンで、気まずくなった私が、えいやっと一時停止ボタンを押して「さー、もう寝な寝な!はいはいー!」とおっちんを追い払おうとすると、

「んもう!マー(私のこと)だけずるいっ!」とごねて、見せろ見せろとぐいぐいと押してきた。

 

時折すぽんと抜け落ちている認識もあり、かと思えば、え、そんなこと知ってんの?ってこともあり、この人の頭の中は現状どうなっておるのだろう?といまいち把握しかねるのだけど、性のことに関して、基本はあっけらかんと自然なものとして捉えているようだから、まあ良かったよ、と思う。

 

ちなみに、キャプテン・ファンタスティックは、ほとんど全てどんなことも本当のことを言うという方針を貫いていた。

とりわけ、人の生死に関することを、オブラートに包むのは良くないと。

 

自分は、日頃子どもの質問に関して、言いにくいことだけではなく、説明するのが難しいことは面倒くさくてついだんなさんに振ってしまう時がよくある。面倒くさがらず質問には正面から答えるよう心がけないといけないな、と反省した。

 

子どもがしっかり自分の頭と心を使って考えた時の直感力や判断力は、基本的に大人よりも優れているように思う。だから、大人は小賢しく子どもをコントロールするべきではなく、そのままの事実を提示するぐらいの謙虚さの塩梅でちょうど良いんではないだろうか。

 

しかし、そんな私も今も答えの出ない質問がひとつあって。

ニュースで頻繁に聞こえてくるからか、兄妹揃って「ねーイアンフってなにー」「悪い悪いってテレビで言うけど、意味が分かんないから」と訊かれて、夫婦して答えに詰まった。

このことは、大人である自分自身がまずプラクティカルに向き合えないくらいにあまりに重く恐ろしいことであり、それを一体どう子どもに説明すればいいのか。途方に暮れる気持ち。

母親仲間に相談しても、みんな「うーーーん!」と悩んでしまって、なんらかの答えをくれたひとは今のところいない。

ずーっと考えてはいるのだけど。