続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

近所を散歩

きー、寒ーーい、寒い寒い寒い!

と、連呼してみても始まらぬのだが、ほ乳類の人間も、は虫類みたく寒くなると動きたくても動けなくなるものなんだなーと実感している昨日今日。

 

リビングのエアコンが故障してしまったので、8畳用のちっちゃいファンヒーターだけで吹き抜け・仕切りなしのリビングダイニングを暖めている。

ファンヒーターの前だけがぎゅうぎゅうに混雑していて、家族皆で押し合いへし合い。

 

今朝は、布団を出る前から頭の中でシュミレーションをして、いつものフリースのパジャマの上にもう一枚重ね着、フリースのパンツの上にも巻きスカート型のダウンのスカートを着用、マフラーを巻いて新しいホッカイロを追加、首の後ろに仕込む、を速やかに実行。

そして私の部屋のだるまストーブを1Fに持ち込み、火力最大にして、やかんからシュンシュン湯気が出る状態に。

 

それでやっと人心地ついた。はー、北国の人たちは大変だな!自分のなんと軟弱なこと。

 

噴火のニュースで、科学者の記者会見を見ていて、結局大した予測はできませんということか、と思う。

普段何でも科学の力で隙なく暮らしをコントロールしているようだけれど、ちょっとした自然の采配で、もう簡単に為す術がないというのがこの世の本質だ。

普段の驕りが簡単に崩れ去る、そういう出来事を感じることは、少し小気味良いようにさえ思える。

病気も死ぬこと老いることからも、誰ひとり逃れられないんだもの。抗っても仕方がないぜ、と思う。

 

さっき、おっちんが「遊んでー」というので、さらに防寒して家の前の路地でサッカー。

していると、向いのだんなさんが怒って怒鳴りながら玄関のドアを開けて、びくっとする。

いつもはとても感じの良いにこやかな方なのだけど、どうやらけんか中のようで、車のガレージでもまだ怒りの独り言が止まらない感じに、あいさつもしづらく、なんとなくすごすごその場から遠ざかる私たち。

 

近所を一周さんぽしようか。と言って、硬く凍った氷の固まりを小石みたいに蹴飛ばしながら近所をふらり。へーこんな小径があったんだね、あ、あの隙間はあの抜け道につながっている!と冒険みたいにしながら。

 

「なんだろ、ふうふげんか?」などとおっちんがいろいろ訊いてくるが、

「さーねー分かんないね。まあ誰だって夫婦げんかするよ。うちの方が多いと思うよ」と答えるのみ。

 

そろそろだいじょぶかな・・・と思って戻ると、ガレージにさらに奥さんも増えて、も、もめている(汗)

うぉう、と物陰でびびってまたじりじりとあとずさり、もう一周(苦)。その後戻ると車ごと消えていた。

ホッと笑ってまたサッカーを再開するも、もうおっちん気が済んだのか、すぐ帰って来てしまった。

 

何か、こういう時の振る舞いって否応なく自分のキャラが出てしまうし、こういうのこそ子どもに一発で「基本の振る舞い」として染み付いてしまうんやろうなあと、後で小さく情けなく思う。

良くも悪くも、自分の人が怖くてできれば避けたい感じ、人の事は詮索しないでそれ以上あんまり考えない感じがようく出てしまっているなあ。

 

普段から、こういう小さなシーンで、どう振る舞えば良いのか分からない事が私にはしょっちゅうある。人にとっては別にどうでもいいことなんだろうけれど、何か、いちいちもひとつ自信がないのだ。

そういうことは、いっつもだんなさんにいちいち訊いている。

 

そういえば、どんな質問をしても、呆れたり、バカにしたり、怒り出したりしたことが、だんなさんには一度もない。それはとても有り難いことだなあと思う。