続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

故郷と母について思うこと

帰省を延長して、昨夜遅く、辻堂に戻ってきました。

 

いつものように駅にだんなさんが車で迎えに来てくれて、重たい荷物をトランクに放り込み、助手席に座ると、カーステレオで流れる心がゆるゆるとほどけるような心地の良い私の好きな音楽。はあーーー・・・と、声にならないため息が出る。

 

そうか、場所ではないんだな。私がのびのびと心地良くあれるフィールドは、この人の傍らなんだな、と思う。音楽をお腹に吸い込むようにしながらシートにぐったり沈み込む。

 

故郷や実家って、多くの人にとってはどういう存在なんだろうか。

やっぱり多くの人にとっては、懐かしくほっとするものなんだろうか。

よく言うような「実家で羽を伸ばして」みたいなことって、私には全然ない。どちらかというと、じっと羽を縮こめている感覚だ。いつも体調を悪くして帰ってくる。

 

故郷の町であり、実家にいると、「彼らのようであること」をどこか絶えず無言のうちに強いられているような気持ちになる。

自分の言動の基準が、実家の家族とは合わない部分が多々あるので、自分の感覚を裏切って合わせる。

できるだけつつがなくあろうとがんばって合わせるけれど、ちょっとした思いがけないことでちくちくと責められるような、嫌な感じで茶化されるようなやりとりがあり、見えない疲労が次第に蓄積していく。

短い期間であれば互いにそつなく終われるが、一緒にいる時間が長くなると決まってぼろが出る。微妙な軋轢感のある空気がそこはかとなく漂うようになる。だから、本当は5日もいちゃあいけない。分かってはいたんだけど。

 

町並や、流れる地方のテレビ番組や、故郷のいろいろなものはある種の新鮮さや違和感として積もってゆく。好き嫌いはあれど、そこに懐かしさを感じることはほとんどない。

 

今回の帰省では、自分が自分らしくあることに、自分が好きなものを好きでいることにずっと負い目を感じてきた10代の日々のことを、久々にしんしんと思い出していた。

 

そしていまだにある、母の私に対する屈託。私に対する理屈でない愛情を感じると同時に、故郷の町や家族のありよう全てにノーと言い、10代のうちに背を向けて出て行った冷たい娘に対する失望や恨みの感情が深く横たわっている。

ここのところは書き出すと長くなるのでもう書かないけれど、いろいろとただ悲しい。

 

とにかく。私は、彼らの意に反しない範囲でものごとを決めてきて、ずっとそばにいる妹とは全然違う。

妹は全然無理せずそのままで何の問題もなく、彼女にとって故郷は今も昔も快適な場所。

私の「ここには居場所がない」っていう切実な感情って、妹には理解できないだろうなあ。何の必要があって動き回るのかと思っていたことだろう。

 

私はずっと自分を鬼っ子だと思っていた。追い出されるみたいにして自分が呼吸できるところに避難したというのが自分の偽らざる実感。

だから、もっと顔を出せる距離なら良かったとは思いつつ、あんまり申し訳ないとは思わない。

「なるようになった」だけだと思っている。

 

正しいとか間違ってるではなく、ただただ違うということだったんだと今は思う。若い頃みたいな、被害者意識はもはや薄い。

ある種の価値観を押し付けられ、ちくちく責められ続けたことは、フェアではないと思うけれど、これはもう業というか、どんな親子間にも多かれ少なかれあることなんだと思う。人の善し悪しでなく、組み合わせの問題なんだろう。

おかげで、すごく自分の頭で深く考えるようになったと思う。

 

それよりも、自分で場所や一緒にいる人を選んで生きられる国と時代に生まれたことに感謝したい。大人になってからの自分の人生のほうが、ずっと好きだと思えることが嬉しい。

 

ただ、「自分は違っていただけだ、間違ってはいなかった」ということを本当にさっぱりと納得出来るまでには、長い時間がかかった。

それを、はっきり母に告げることができた時、彼女はマウンティングすることをあきらめたと思う。

長いいじめの期間が終わった瞬間だったなあ。

それからも居心地の悪さはなくなったわけではないけれど、「打たせるジャブは効かない」。

 

これぞよくある親子の確執ってやつなんだろう。

多くの人が通る道を、自分もなんだかんだと歩いているのだと思う。