続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

今年の抱負

新年、明けましておめでとうございます。

今年も小さな毎日を大事に、正直に、家族や関わりある、縁ある人たちを大切に日々歩んでゆけますように。優しくあれますように。

 

今日は、恒例の鎌倉のお父さんちで親族集まってお正月のお祝い。

発達障害のある甥の子育てで精神的に病んでしまい、ずっと家族の集まりに不参加で、長く会っていなかった義理の弟のお嫁さんに本当に久々に会う。

 

私は、やはり精神を深く病んでいた義理のお母さんに被害者意識ばかりで怖がって優しくできず、消え入るように亡くしてしまったことをすごく悔やんでいて、これからもずっと背負っていく人生になったので、弟くんのお嫁さんとは、本当に仲良くしたい。

 

自分はクセが強い人間だし、友だちは年上が多く、異性はそうでもないが同性の年下となかなか上手にやれない。

いくつかの失敗経験から、基本、年下女子に対してはちょっと恐怖心があるくらいだ。今日はそれを自覚しつつ明るく普通に、そして変に距離を詰めず、でもこちらの心は開いて接するように心がけてがんばった。何とか戻ってきてね、という思いで。

 

私の実家の恥ずかしい話を笑い話なんかにして、変な人と思ったことだろうけれど、とにかくウェルカムだよ〜!という気持ちだけ受け取ってもらえれば、自分は別にどうでもいい。そういう風に思えるのは清々しい。

 

たまのことなのだから、一緒にいる場では、何の思惑も気取りもなくみんな仲良くありたい。

もう年取るごとに、つまらぬことには神経を使いたくないのだ。

 

 

毎年、一応今年の抱負を考える。

いつもそのうち忘れてしまって、初志貫徹とはなかなか行かぬのだけど。

今年は、

「きれいな言葉を使う」

というのが心に浮かんだ。

 

どんなに良い思想であれ、目指すものが良きものであれ、

心を傷つけるような怖い、汚い言葉はなるべく使いたくないし、もう口にもしたくない。

 

2017年は、政治のことや社会のことを見聞きするなかで、本当に品がなく、理屈も何もないめちゃくちゃなことがたくさんあって、そういう物事に接するたびにやり場のないストレスを感じ、呪詛のような言葉を吐くことがたびたびあったように思う。

 

そして、そういうことの蓄積が、自分自身を痛めつけているという自覚を次第にはっきり持つようになった。

 

先日だんなさんに、取材で会ったハナレグミのタカシくんの話を聞いて、本当に反省させられた。

それは、こういう話。

「自分は他の人を悪く言ったりすることがほとんどなく、

 普段から悪い言葉を口にしないようにすごく気をつけています。

 言霊というものを大切にしているのです。

 醜い言葉は、自分自身をも深く傷つけるからです。

 だって、自分の言った言葉を一番よく聞いているのは、自分自身なんだから。」

 

編集前の映像を見せてもらったけれど、タカシくんの声ってなんだか特別で、彼が喋るだけで空気がふわっとちょっと浮き上がるくらいの感覚がある。

ちょっと甘くてガードがなくって、実に機嫌が良いが、落ち着いているのだ。なんだかただ聞いているだけで慰められてしまう。

その声であのすんばらしい歌々を唄うのだから。ある人にはあるのだとしか言いようがない。ありがとう・・・

 

しかしだ。そうは言っても、悪い感情を喚起したくないからといって、何も知りたくないし見たくない、私には関係がないというのは、やっぱり違うと思うし、知れば当然怒りや悲しみはわきあがる訳だし、そのような負の感情とどう付き合っていけばいいのかは、とても難しいことだなと思う。

 

日々考えていくしかないが、今のところ思うのは、自分自身が誇らしく思えるまでいかなくっても、恥ずかしいと思わないくらいの注意深い言葉遣いはしていきたいということくらいだ。

 

何より、自分自身が健やかであるために。