続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「セックス・アンド・マネー」

今朝はキッチンに人が入り乱れて混雑して、作業が滞ってしまいお弁当がはじめて間に合わなかった。さっき学校へ届けに行って来た。

面倒だけれど、いつも午前中は家にこもっている暮らしなので、朝の外の空気を吸って自転車を漕ぐの、気持ちよかった。

 

セロトニンを出すためにも、夏場は15分、冬場は30分程度太陽に当たりましょう。

それだけで随分鬱っぽい気分が解消されてしまうそう。

人間て複雑なようで、すごく単純でもあるんだなあ。

 

昨日、だんなさんが仙台から帰って来た。予想外の出来事があって滞在が1日長引いたので、3日ぶりに会った。

夕飯後、ワインをちびちびやりながらだんなさんが取材をした人の話を聞かせてもらうのがいつもの楽しみだ。

 

昨夜は、とても奇妙な夫婦の話を聞いた。

一体真実がどこにあるのか分からない話で、夫婦それぞれの言っていることや印象が全く異なる。

「わたし、だんなに殺されかけたことが3度あるんですよ・・・」

話をこんなおばあさんの独白から始めるものだから、怖がりの私は

「ぎゃー!ちょっと待って、語り部が過ぎるよ!」

と思わず中断して息を整えつつ興味津々話を聞いた(笑)。

リアル火曜サスペンス的な世界が繰り広げられるのであった。

たはー、夫婦っちゅーのは闇が深いのう〜。

 

当然、そんな話は「使えない」ので、だんなさんひとりの胸に留めておく必要がある訳だから、だんなさんも話してすっきりしたいのだ。こんなダークな話じゃなくても、裏話的なことを聞くのはしょっちゅう。

フィクションを書く才能がないので、何にも生かされないまま幾つもの人間のドラマは忘却の彼方へ消えて行くのみだ。

 

 

 

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「セックスアンドマネー」(2006年/アメリカ作品)Netflixにて鑑賞。

このところ、まめにレビューを書いているなあ。

 

日本では劇場公開されずビデオスルーだった作品。タイトルが「セックス・アンド・ザ・シティ」の二番煎じみたいだなーと思ったけれど、4人の女優が皆好きな人たちかつ90分ほどの短い作品だったので軽い気持ちで見た。

ちょっと座って何か見よう、と思った時に、ほんとーーうにテレビ番組に見たいものがひとつもないので、Netflixに流れていることだなあ。

途中で用事が入り2日に分けて見る。

 

40代のアメリカ女性の等身大を描いた作品。

監督のニコール・ホロフセナも同年代の女性で、脚本もいかにも周囲の女友だちを題材に書いたのだろうなあというかんじ。友だちを失ってはいまいか?と若干心配になるようなリアルさだ。

 

環境や仕事は違えど、既視感はある。共感もある。思い当たるふしもある(泣)。これは、今だから唸りつつ見るのだろうなあ。

もっと若ければ、何と煮え切らないとか、もっと誇り高くとか、またやり直せばいいとか思ってぷんすかしているであろう。

逆にもっと年を取っていれば、すごくもがいているように映ると思う。わりにどうでもいいって思うところが増えていそうだ。

 

そう考えると、現在進行形的に下り坂まっしぐらの40代って、頑張って来た蓄積でそれなりの自信やお金や自由も得ているのだけど、いろいろときびちい年頃だよなあとしみじみ思う。

 

 

3人は結婚していて、1人はシングルの女性という、長い付き合いの女友達4人の群像劇であるこの作品。3つの夫婦も、ジェニファー・アニストン演じる独身女性も、「ああ、いるなあこういう人々」と思う苦い真実味があって、とほほと思いながら見ているかんじ。

 

こうして群像劇でいろいろなタイプの夫婦を引いた目で見て思うに、夫婦ってやはり相互補完的な、「われなべとじぶた」な組み合わせに自然となっているものだ。

能力や容姿や人間性の優劣みたいなものは、傍から見て一見釣り合っていないように見えても、長く続いている夫婦は、本人たちの内面において絶妙にバランスが取れていたりするものなんだろうな。

 

陰と陽。凹と凸。善と悪。開と閉。明と暗。男と女。

 

「困難な結婚」で内田先生が、結婚というのは上手く回っている時、意気揚々の状態でいる時をデフォルトとしてはいけない。「悪いとき・病んでいるとき」こそをデフォルトに考えるもの。それはセーフティーネットなのだから、と言っていたけれど、40代になると本当にその通りだなあと思う。

何と言うか、「お互いに高め合う関係」みたいのは、この下り坂の年代を乗り越えて行くのが相当に難しいものだよなあと感じる。「支え合う」要素がどこかにあればきっと何とかいくんだけれど。

 

現実は、おとぎ話のようには行かない。

心がけの良い人が幸運を掴むとも限らないし、口が悪く感謝の足りないような人が優しい人に愛されていたりもする。

神様はあくまで不公平だとも思うけれど、人の関係を相互補完的なものと見た時に、わりと腑に落ちるところはあるなーという人間理解の作品である。

 

残念なのは、ラストシーンの困惑。

人間の幸福とお金の有無の関係を描いている作品だけれど、最後にオリビア(ジェニファー)が出合ったニートの彼(太っていてお世辞にも格好良くないが優しそう)が、「実は自分は親の遺産を継いだ大金持ちなんだ」と彼女に打ち明ける。

「・・へーそうなの。良かったじゃない!」と平静を装いつつ、微妙にテンションの上がるオリビア

ラストシーンは彼の部屋のベッドで朝、

「あのカーテンはもっと良いのに取り替えましょう!あ、あの家具ももっとこうした方がいいわね」

とオリビアがうきうきと言っているシーン。

で、唐突に終わる。

 

リビアはもうどん底でやけっぱちみたいな状況だったし、相当誰でもまあいいやと受け入れるような状態で、だからもちろんお金目当てではない。

けれども、実はお金があるっていう(確証はない。彼の言葉だけ)ことになったら、関係性が変わるってことを見せたいってこと、だったのかなあ。

その後味、マストかなあ。

おいてけぼりみたいな終わり方で、なんだか訳が分からなかった。