続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ナゲキバト」

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「ナゲキバト」ラリー・バークダル著。

児童文学マスターのお友達に「良いよ」と教えてもらっていたものの、読めていなかったのだけど、図書館で偶然目に入って、そういえば、と借りてみた。

「ブルージェイ」同様、思いがけなく良くて、ぐっと引き込まれて一気に読む。最後のあっと驚く秘密に涙。

 

「dignity」という言葉を捧げたくなるある老人と、老人に育てられる少年の物語。

訳者あとがきには、作者の少年時代の回想を自ら物語にしたものとある。

 

アメリカの中西部に位置するのどかなアイダホ州のボイジでの祖父と孫の暮らしを通して、「おじいさんが何を教えてくれたか」を温かみある言葉で伝える。

 

このおじいさんの持つ風格は、自分のじいさんばあさん以前の世代のお年寄りに感じていた感覚で、今、親を含め自分の身近にいる年寄りにこういう威厳を感じることはかなり少ない。

いつまでも若々しいとも言えるのだけど、時にあんまり大人げない感じであるとも言える。

こういう風に感じるのは自分が年を取ったからなのか、今の時代によるものなのか、よく分からぬが。

自分も、憧れはしても自分のばあちゃんやポップじいさんのようにはきっとなれず、死ぬまで右往左往だろうな・・・と薄々思う。

 

人として学ぶところのぎゅっと詰まったこのおじいさんの清々しい生き方。もう十分大人で、同じ年頃の子どもを育てているのだから、簡単にここまでの域には行かれなくとも、一人の親として謙虚に見習わなくてはならないなと思う。

 

また、この物語は、ひとりの子どもがまっとうな大人になっていく過程には、さまざまな危険や落とし穴があって、人が育っていくというのはそんなに簡単な、オートマチックなことじゃないということをよく見せている。

自分にもあった、はらはらするような危ない橋を渡ったこと。

 

その時に自分を守ってくれたものはなんだったのか?

私は、やっぱり月並みだけれど、愛情だったなと思う。

あの時、なんであっち側にいかなかったんだろう?と大人になって振り返ったとき、大事に価値あるものとして扱われていたからこそ、自分を粗末にしてはいけないな、というか、行きたくっても体がそっちへ行けないな、という感覚で引き戻されたと思う。

 

子どもが無事に育って行くためには、保護者は「手放し、愛情をもって見守る」ことなのだとおじいさんは身を以て示している。一番しんどく気を張る道であり、覚悟も必要なあり方だ。細かく口出しすることなんて、体力やお金は使うかもしれないけれど、随分心の面ではさぼっているといえるかも。

 

何より、親がお手本になるようしゃんとして一所懸命善く生きていることなのでしょう。私は全然自信ないですが(泣)。

子どもは親の言ったことなんてろくに言う通りにはしないが、親のやっていることはめっちゃ真似をするものだ。背中が全てなんだよなあ。

 

だからこそ、物語のラストシーンが沁みたなあ。

生きているということは、チャンスを与えられているということなんだよ、と。