続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「否定と肯定」

昨日は午前中から夕方まで出ずっぱりで、滑り込みセーフでヨガに間に合う。

面倒だなと行く前には逡巡するのだけど、やっぱり行くと良かったーと思うばかり。

 

ヨガを始めて2年。体重はぴたっと下げ止まってしまったけれど(苦笑)、気がつけばあの冷え性はどこへやら、家じゅうの誰よりも手足がぽかぽか温かい&腰痛がなくなった。

肩こりはもう仕事上しょうがないんだろうけれど、肩甲骨をいつも意識して動かすようになったことで致命的にやばいことにはならないで済んでいる。正しい姿勢を教えてもらったことも大きいなあ。終わった後の温泉も大、大好きだー。

 

何より、いつもぐるぐるぐるぐるとものを考え、せかせかせかと動いてしまう自分にスペースを与えるぽかーんとした時間を作るというのが、自分にとってはもう命綱的に大事なことだ。行けないでいると、あからさまにイライラとストレスが溜まって来る。ああ、ヨガありがたやーである。

 

 

 

今日はこれから急ぎの仕事!頑張って仕事して、明日は「ギフテッド」を見に行こうと思う。面白いといいなあー。

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12月にはもうひとつ、気になっている作品が。

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やっぱり気になるこのテーマ。

最近、私は正しさうんぬんよりも、肯定と否定についてすごく考えているので。

ホロコーストはなかったと信じ込んでいる狂信的なイギリス人歴史家に名誉毀損で訴えられた、ユダヤ歴史学者との法廷対決の物語。

 

この映画を一足先に見た人のコメントを偶然ネットで見かけ、今自分の周囲で起こっていることとの近似性というか、既視感を感じて、これは見なければと思っている。12/8から。

 

 

少し話がそれるけれど(ええ加減仕事をせいよ、と突っ込みつつ)、熊本で市議会議員の女性が赤ちゃん連れで参加したニュースを受けて、ここ数日ツイッター上でいろいろな人が

「私は子連れオッケーです」「子ども歓迎いつでもどうぞ!」「私の職場も大丈夫です」「学校の子連れ授業は、むしろ良い効果があった」といった書き込みをしている。

そのたびに微笑ましくうれしい思いになり、いいね!いいね!と♥をぽちっとしていたのだけど、今朝になってそうした発言をした複数の人が、偽善だ売名だと攻撃されていることを戸惑いながら明かしているのを見て、複雑な気持ちになった。

 

攻撃する人の文脈は「こういう場合は、こういう可能性の場合はどうするのか?」といったレアケースを盾にしたものであるよう。どうしてわざわざこういうことを言わずにいられない人が、少なからずいるのだろう。そういう謎について「否定と肯定」を見る事で分かる事があるかなと期待しているけれど。

 

高橋源一郎さんのこの言葉、私もようく心に留めて、発する言葉にはよくよく注意していかねばなと思っている。

 

「おれのゼミでは赤ん坊を歓迎していると書いたら「××の場合はダメだ」とかいろいろ言ってくる人がいた。おれは「何が正しいのか」には興味ないんだ。否定する理由ならいくらでも見つかるから。ただ「おれは受け入れる」と勝手に言ってるだけ。でも皆が肯定のメッセージを勝手に出す社会は素敵だと思うよ 15:03 - 2017年11月27日」

 

肯定のメッセージを勝手に出す社会は素敵だと思います。にっこり。