続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

これから遠征

小寒くも爽やかな秋の日。

昨日の午後は、落ち葉を集めて焚き火。煙たくて大変だったけれど、随分とすっきりした。

 

今日は珍しく朝練もお弁当もなし。

それは、中学校が職業訓練だから。

ゆうたは、第一志望の「農園」がだめで、第二志望のJR駅へ。

今日は子どもたちはそれぞれの職場へ直行直帰。

農園なら、夕方までみっちり作業だったらしいのだけど、JRは1時間程度しか体験させてくれないらしく、もうすぐ帰って来る。

あんまりあっさりしているのでみながっかりしていたらしい。

 

今日の午後は、だんなさんに誘われ、だんなさんの撮影部時代の同僚が撮影した映画を一緒に見に行く。ヨガを休むのがちょっと残念だったけれど。

 

時々話に出てくる、はいつくばるみたいに仕事をしていた助手時代の仲間。その人はとりわけ目立たず、いわゆるクリエイティブな、才気ばしったタイプでは全然なかったらしい。いつもどろどろに疲れて、段ボールにくるまって会社で寝ていた人が、今では堂々たる商業映画の撮影監督をしている。人生面白いねえ、良かったねえと話し合う。

予告編を見たけれどとてもおもしろそう。でも近所ではやっていないので、車で1時間ほどあるショッピングモールのシネコンまで遠征。

 

ところでそのシネコンは座間のすぐ近くだ。

9人もの女性が連続殺人されたニュース、昨日も今日も持ちきりだけれど、すぐ近くでそんな恐ろしい事が起こっている。シュールな世の中だと思う。

 

朝、寝起きのゆうたがテレビニュースの「9人を殺害」というフレーズだけを聞いて、「何があったの」と聞くので、こういうことらしいよと伝えると、無言。

 

どう感じればいいのかも、とっさには分からないことだろう。こういうすさまじく理解不能なほどの暴力性や嘘や理不尽、それとかけ離れたこぎれいな建前や、もっともらしい大人の要求なんかに引き裂かれながら大人になっていくということの難しさを感じる。世界中でありとあらゆることが起こっている、そのことに対する処理能力の限界を、大人である自分も日々感じて、いっぱいいっぱいなのに、まだ心の柔らかい無防備な子どもの大変さは想像するにあまりある。

 

清志郎みたいに「大人になるっていいぜ。人生って自由で面白いぜ」と言える大人が今どれくらいいるだろう。そしてそういうことは実の伴わない人が言葉だけ言っても何の意味もない。むしろ逆効果。

自分自身が「いいぜ」「楽しいぜ」というかんじを漂わせて生きていることをどれだけ子どもに見せられるかだけだと思う。

 

日々悔いなく、ご機嫌に、優しく。