続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

高橋源一郎さんのこと

今週もまさかの台風直撃。

なんという今年の秋だろう。

庭の落ち葉がすごい。今晩の強風のあと、さらに散っているだろうから、明日は庭の手入れだな。

 天気には勝てない。

 

昨日の午後は、だんなさんと藤沢へ高橋源一郎さんの話を聴きにいく。

テーマは「対話の作法」。

考えや価値観の違う人同士がどう共存していくかということ、今一番興味のあることでもあり、源一郎さんの本を実は1冊もまだ読んだことがないのだけど、彼の言葉は対談やエッセイや新聞の人生相談なんかで何度か見るともなく見て来ていて、自然な共感を抱いていた人だったので。

 

でも2時間も人の話を聴いていられるんだろうかな私と思っていたのだけど、そんな心配は必要なかった。

そして、実際にすぐ目の前で話を聞いたからこその値打ちをすごく感じる良い時間で、帰り道も心がほかほか、脳内CPUがずっとキュルキュルと小さな音を立ててフル回転しているという感覚。あんまり喋らずぐっといろいろなことに思いを巡らせていた。

 

特にファンというわけでもなく、軽い気持ちで参加したのに、思いがけないくらい素晴らしい時間に感謝の気持ち。源一郎さんのファンになりました(^^)

 

特に心に残った事、備忘録。

【興味がある人や、なんでこの人こんななの?って思う人がいたら、その人の書いた書物を読むという話】

 

誰のフィルターも通さないその人自身の言葉をまずは聴く。知る事ってつくづく愛だと思う。

 

その人がどんな人であれ、深い心情の吐露に接した時、その人は怪物ではなくなる。

ちっとも自分とは価値観がそぐわなくとも、たとえその思想が偏見やまがまがしいものに満ちていたとしても、その人のこれまで歩んで来た人生のにおいのようなものが同時に否が応にも立ちのぼって来るものだ。

そこにやむにやまれぬ切実さやさみしさや悲しみ、その人なりの喜びや誠実さを見た時に、その人が理解不能であればあるほど、深く納得し、感慨に打たれるのだろうと思う。

 

今一番タイムリーな人、小池百合子さんについての考察にはすごく感心させられた。

私は彼女の中に綿谷ノボルの虚無性を見ていて、すごく不気味に感じていたけれど、源一郎さんの話を聴いて、自分は浅いところですぐ見切った、分かったような気になって、そこから先を見ようとしていなかったんだなと思った。ものすごく傲慢で片手落ちのことだったんだな、と。

 

源一郎さんは、「小池百合子写真集」(笑)を含む、13冊もの彼女の著作を読んで、彼女がたまたま政治の世界に足を踏み入れてしまった経緯を含め、「男社会の中の女」を自ら背負った存在として、どうやって男性社会の中で喰われず・潰されず・サバイブし・勝ち上がって行くかということだけにフォーカスし、それを死にものぐるいでやってきた人生だったことを知り、

「これが企業人だったら誰もなんの異議もなかった。政治家だったからみんなが迷惑することになった」と言っていた。

 

人として何を為したいかとか、ここだけは譲れない矜持とかが少しも感じられない人が政治家であることの矛盾というか、その意味不明さに私は苛立ちを感じていたのだと思うけれど、源一郎さんは「知る」ことによって、方向性に価値観の相違はあれど、彼女が彼女なりに必死によりよい人生にしようと思って、

それでむしろ必死に世界観やこだわり、人間的な思いを振り捨てて自ら空っぽになろうとつとめ、世の中の要請に応えて勝つ事や正解に向かって生きてきた「非常にけなげな」人なのだという理解をしていた。

 

だからって彼女の言う事為す事を肯定するわけではない。ただ、そこには人としての同情心や共感、リスペクトの感覚がある。相手を狂人のように思い、忌み嫌う感情とはずっと違う、理性的で落ち着いたものがある。

 

「対話の作法ってのは簡単なんです。同じ高さの目線。相手が自分と同じ人間であるという理解。リスペクトの感覚を持つこと。ただそれだけ。でも、なかなかそれができない。」

 

橋下徹氏の話もすごく面白くて、早速図書館で政治家になる前の彼の著作を予約してみました。安倍さんの「美しい国に」も!読むのが苦痛で読破できない可能性も多いにあるけれど、いっちょ素直に実験をしてみようかと。

これがクリアできたら、安倍×百田対談も・・・・いけるか?私。うーむ、かなり抵抗強いけど。

 

【どうして「否定」は良くないのかという話】

ツイッターがなんでつまんなくなったかというと、否定や非難の表現で溢れているからです。

 

ものごとには、良い面と悪い面の双方があるはずなのに、否定のコミュニケーションでは、だめなところ「だけ」を選択的に言う。言い合いに勝つために、良い部分には目をつぶってしまう。

 

否定には、ぐうの音もでない正論もある。だからたちが悪いんだよね。正しいからって良いということでは全然ない。僕は、正しくなくってもいいとすら思っています。

だから、肯定って本当にだいじなんです。」

 

否定の表現を選ぶことで、時にぐうの音も出ないような非難をせずにはいられない自分、見たくないものを見ないようにしている自分、相手を打ち負かそうとする自分を自ら増長していたことに気づかされたと思う。

 

それで、きれいごとでなく相手を肯定するには、相手を理解しようとつとめることなんだろう、とさっきの話とつながってくる。

 

【本当の先生の話】

「本当の先生は黒板に書きません。対話の相手によって出てくるものは都度違い、結論も変わってくるのが当然だからです。

ソクラテスも、キリストも、親鸞も、弟子が書き留めたものしか残っていない。

聖書には4つの福音書がある。同じキリストの言葉を別の人が書き留めることによって、内容がそれぞれ違っている。

上から目線はほんとうに良くない。上から目線の人は、話が長くなる傾向がある。」

 

インタビュー原稿を書いていて、すごく喜んでくれる人もいれば、「そういうんじゃないんだけどな」という反応をされることがある。一度など「私の伝え方がまずかったのですね」と言われたことも。

自分としてはけしてうそは書かない、盛らないということを心に留めて書いていても、私というフィルターが何を取捨選択し、世界をどう見ているかによって、相手の話は結構かわってくるのだろうと思う。

自分自身のゆがみや未成熟、何を大切に思うかの優先順位、何を良しとするかという価値観が、すべて反映されてしまうんだな、と。

 

ある程度しょうがないことだ、悪い面だけではないのだし。じりじりと人として修行を積むしかないことなんだな、と思う。

 

なにごとも、答えはひとつであるわけはないし、正しさの追求は不毛なのだ。

 

また、源一郎さんははっきりと、先生であれ親であれ、どんな間柄であっても、対等であるべきだと言っていた。どんな例外もなく、上から目線は良くないと。

それは、自信があるというよりは、自分自身の身の程を知っており、うんざりも含めて自分自身であることを受け入れて納得している人だからこそのすがすがしいほどの言い切りだと思った。

 

 

 

他にも、子育ての話、男性が子育てするとおばさん化する話、自身がADHDだという話、奥さんが首相の名前も知らないくらい政治に興味なく、元武闘派のどヤンキーだったという話、大学での授業のこと、なかでも生徒の奥田愛基くんがすごく優秀だったって話などなど、脱線も多くてすごく面白く笑える話がいっぱいだった。

 

私がいいなと思ったのは、源一郎さんが、こないだの小沢健二と同様、確かな身体的実感に基づいたことだけを話したことだった。空虚な机上の話をひとつもしなかった。手間ひまを惜しまない、実践の人というところがとてもいいなと。

そして、どんな相手でも、人間を高く見積もらず「まあしょうがないよね」という対峙の仕方をしていることが、会話の端々から感じられることだった。

 

疑問に思ったり納得できないことは、巻かれず呑み込まず、自分の思いや疑問を口にするのだけど、その言い方。

正しい、高い所に立って相手を詰問するような、クレーマー的な感じがなくって、わりにやわやわとした、情けなーい風情なのだ。困ったねえ、というような。

 

お互いさまという姿勢って、立派な人格者みたいのよりは、「そんなこと言える俺かよー」という羞恥心のなせるわざなんじゃないかな、と思う。

そういう、いかにもしまらない感じが実際にいる目の前の様子からありありと感じられるのが面白いなと思った。

 

さぼらず不器用に誠実に追究する姿勢、自分の頭で感じ、考え知性を手放さないこと。こつこつと良きように工夫しながら、ちょっとユーモアで茶化しながら、理不尽も多いこの世界をなるべくほがらかにマイペースに歩んで行くこと。

そういうことを短い時間だけど、感じさせてもらったと思いました。

 

 

しかし、自身も認めるように、源一郎さんは紛れもない多動症であった。仕事量が純粋にすごすぎる。

今の日本で、表現の仕事というフィールドで、世の中から頭一つ抜けた仕事をするには、もはやデフォルトがADHDだったり、多動症だったりする。

そんな今の世の中の基準て、もうちょっとどうにかなんないかと思わされたことではあります。

 

最後に、私が以前、すごく感激した源一郎さんの書いた文章を紹介します。

死者と生きる未来(高橋源一郎)|ポリタス 戦後70年――私からあなたへ、これからの日本へ

 

そして、昨日のお話のベースとなった、朝日新聞に寄稿した新しい記事はこちら。

www.asahi.com