続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

日和見主義について

久々に仕事したら3時間くらいパッ!と消えてしまった。

久々のこの感覚だわー。

10分だけブログを書いて、ジムへ行くぞ!

 

台風一過。

朝、洗濯物を干す時には暑いくらいの陽気。風が爽やか。

ぜろぜろ言っていた咳の喉がようやく収まってきて、でも頭はまだ重たく、鼻水もまだ出る。能率上がらないままにこの週末をふいにしたけれど、まあたまにはいいだろうと思う。

 

昨日はボクシング見ながら選挙特番。もうちょっと投票率も良くって、もうちょっと自民党が減っていることを期待していたけれど、現実はきびちかった。

 

うーむそうかあ、みんな自由にも多様性にもあんまり興味はないし、ウソつかれてもあなどられてもそんなに腹立たしくもないのかー、と愕然と思っていたけれど、テレビで「進次郎さん、かっこいいー!」とうきうきと話すいい年をしたコメンテーターの女性たちを見ていたら、そーかーなんかそういう次元のことじゃないんだな、とぼんやりと思った。

 

世の中には幾つかのレイヤーが存在して、どのレイヤーでもって眺めるかでものごとの見え方は変わって来る。

それらを俯瞰で見られることはある種の豊かさかもしれないが、ハッピーであるとは限らない。それゆえの苦しみさえあるんだと思う。

見ている世界のありようが違うだけなんだなあ。

自分も足りない物だらけで、偏ってがんこだ。くれぐれも考えを誰かに押し付けたり、ジャッジしたりすることはしてはいけないなと思う。

 

好きと思うかきれーだ、と思うかは私の自由だけどさ。

 

こないだ全然考えの違う友だちと喋っていて、その人の考え方がすごい自分とは違っていて、でもやっぱりその人が好きだと思った。

それは、その人が「日和っていないからだ」と気づいた。

 

「結局、性格うんぬんではなく日和見主義の人が私は好きじゃないんだな」とだんなさんにひとりごちると、「しょうがないことだと思うよ、日和見は。それにこっちが日和ってんなと思っていても、当人は『私日和ってる』なんて自分では思ってないものさ。皆その人なりの正当性を生きている」とだんなさんは言う。

そして「おれは日和ることのできない性格で、しょうがないけどつくづく生きにくいもんだよ」と。

 

なるほどなあ、我慢がきかない性格で、人生で何度もちゃぶ台をひっくり返してきた私は、だんなさんは偉いもんだと感心した。

 

さてヨガー♪