続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

人生フルーツ

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「メッセージ」と迷った末、だんなさんにくっついてこの映画を見に。ドキュメンタリーで有名な東海テレビの制作で、愛知県に住む老夫婦の話。91分の地味な作品にも関わらず、周囲がざわざわしてる、これは見とかないとかも、とだんなさん。

私もろくに知らなかったけど、なんとなく興味を引かれて。

 

まあーあっぱれなおふたりだった。

「人は生きてきたように死ぬ」のだという言葉を、おふたりに捧げたい。

今流行りの(って書く自分に悪意を感じるなあ)「ていねいな暮らし」みたいな、しゃらくさいことではなくって、実に無理がなく、夫婦がそれぞれ自立して好きなようにやっている、でも誰よりも気が合うから何でも自然に協力しあってやっている。

 

 

何か、色々しなきゃ人生じゃないなんていうイデオロギーがあるかと思うのだけど、本来は「暮らす」だけで十分なんだな、と思わされる。

暮らすことが退屈を知らないクリエイティブかつ自由なものであり、結構な重労働でもあり、おままごとでもあるという、大事なんだけど気楽に構えている感覚が何ともいいなあと思った。

 

英子さんの煮たブルーベリージャムをのせたヨーグルトをゆっくりと口に運び、味わってちょっと「ニコッ」とする修一さんの顔が今も心に残る。色々あろうがなかろうが、もう本当に今この美味しいジャムがうれしいなあ、それだけで十分だなあという満たされた顔。

 

老夫婦の起伏のない生活を、螺旋に構成することでしみじみとした深みを感じさせる演出の妙、ほとんど説明のない、言い訳めいたところのひとつもない作りも非常に好感が持てた。

 

ただ、始まりと終わりが少々芝居がかっており、無理に「映画」にしなくってもいいのにさあ、と思う感じはあった。ラスト、英子さんのきれいなお顔、日常を淡々と紡ぐ様子をじいっとただ見せて終わったほうが、どれほど沁み入ったろう。

同時に、ナレーションがわざわざ樹木希林でないといけないわけだと納得。箇所はすごく少ないけど、樹木さんだからこそ成立するナレーションだった。

 

それにしても、いつものように庭の草むしりをして、ひと仕事した後のいつものお昼寝をして、もうそのまま起きて来なかった。という修一さんの見事な最後。おだやかで可愛らしい寝顔のような死に顔。偉大な達成だと感じ入った。

 

帰宅後、にわかに庭仕事に精を出した私に、だんなさん苦笑。