続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

あんまりだ

そうめんと焼き穴子でお腹が満たされたところで、午後の部スタート。

と言っても、あと1時間もしたらヨガだ。

 

ああ、しかし、このところのニュースのやりきれなさってどうだ。

安倍首相のごりおしで無理に認可を通した、合計100億円以上の税金を無償で投入した、加計学園の一連の事件に対する前川前事務次官の告白。

どっちが真っ黒なのかは、火を見るより明らか。

 

首相の懇意の山口敬之という記者によるレイプ被害を国にもみけされたとして訴えた、詩織さんという女性の会見。

話を聞けば聞くほど、犯罪があったのは明らか。

何より、詩織さんという人が、どんな辛い思いでカメラの前に自分を晒して、真実を訴えているだろうと思うと心からやりきれなくなる。

 

そして、これだけの事件なのに、テレビはひとつもこのニュースを報じず、ネットでしか見られないのもすごい。

国ぐるみの犯罪の隠蔽より、5月が記録的猛暑とか、誰かが大関に昇進とか大事なのだって。

 

共謀罪について懸念を示した国連の調査官ケナナッチ氏に対して官房長官が逆ギレして「激しい言葉で非難をするだけで何にも答えていない」と冷静に返されていたり、国連のコメントを都合の良いニュアンスに翻訳を操作して指摘を受けていたり、このような人たちが国の代表なのかと思うと、情けなくて泣けて来る。

 

「問題には当たらない」とか「まったく的外れ」とか「怪文書」とかの言い草で、本当に逃げおおせることなんてできてしまうんだろうか?そんなことが本当にあっていいのか?

あまりの下品さとひどさに元気が奪われるかんじがここ数日止まらない。ずっと頭に見えない重しが乗っているような仄暗い気持ち。

 

 

いつの間にこんなひどい国になっちゃったんだろうな。まるでフィクションみたい。そして、今後、どこまでひどくなっていくんだろう。心から悲しい。

あんまりだと思うけれど、ちっぽけな自分には何もできない。

世の中も、普通に事もなく回っているように見えるし、周囲の人もあまり気にしていないように思える。ひとり悲しんでいる自分がおかしいのかと思えて来るほどに。

 

 

こないだ、夜のニュースである兄弟がつかまった、というニュースを見た。「主に金庫破りを専門としていました」というコメントを聞いて、なぜかふっと笑ってしまった自分がいて。

それは、「金庫破りを専門に」っていうのが、今、ニュースで喧伝されている嘘や恫喝や裏切りや忖度に満ちた嫌なニュースの数々に比べたら、痛快なくらいにシンプルに思えて、もはやさほど悪いとも思えないとさえ感じている自分がいて。

そんな自分の感じ方で、今どれだけ陰湿なニュースに取り囲まれているのかに改めて気付かされたことだ。

もうなんか、疲れてきちゃったなあ。

 

来月初旬には都議会選があって、極右組織「日本会議」の議員候補が57人もいるそうだ。前回の3割増で、ほぼ半数にあたる。

かつてナチスも、こういう風に勢力を拡大してきたのかなあ。

ああなんてこった、と思う。東京の人たち、どうか気概を見せてくだされ、と思う。