続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

息子の思春期

友だちと、ちょっと前に出来た材木座テラスでランチ。

前回あった時は、ひどいモラハラを受けて会社をクビになったばかりだった彼女。切り替えようとばかり、さっと転職して、とっても忙しい職場に移ったので、1ヶ月半がかりでやっと予定を合わせて会った。

 

こんなに海の近くに住んでいるのに、このところちっとも海を見ていない、季節もいいから海の風を感じながらテラスでご飯もいいな、と思い提案したのだけど、友だちが元エステティシャンだったことを忘れていた・・・。

5月は1年間で一番紫外線がきついシーズンであり、一度できたシミはもうなくならないのだ、とご教示を受ける。で、室内の席で、それでも眺めは最高の席でタコライスランチを食べたのだけど、お会計を払ってお店の外に出たら、さーっとすごく気持ちのいい風が潮の匂いも乗せて体にじかにあたり、やっぱり自然の風はいいなあ、と思った。

 

息子つながりの友だちゆえ、お互いの息子について、「思春期がどんな出方をしているか」という話で盛り上がる。

友だちの息子は、ある意味王道。納得がいかないことがあると、親でも先生でも食ってかかる。自分の思い通りにならないことがあると、キレる。幼い頃から正義感が強く、自分なりに納得しないと動かない子だったから、まあ想定内というか、彼は全然大丈夫だろうな、と思う。今のモヤモヤイライラを超えて大人になれば、またきっと楽しくなれるはず。

「周りがどうだからって流されるってタイプじゃないみたいよ、奴は。」って、まるきりあなたのキャラでしょう、それは!

 

我が家の息子は、反抗やキレるというのは相変わらず全然なく、おだやかで優しい。むしろ妹がしょっちゅうキレて、やれやれと言っている。気がつけば口数はずいぶん減ったなーというかんじ。

でも!めんどくさい!なぜめんどくさいかと言うと、本人がこうと決めためちゃめちゃたくさんのルールを例外なく遵守するからであーる。

我が家では、主にだんなさんのダイエット目的のため、グルテンフリーの朝食にしているのだけど(これと早朝サーフィンだけでだんなさん13キロ痩せた)、で、昼夜は普通に何でもおいしく食べているのだけど、現在息子のみ、ほぼ完全グルテンフリー暮らしをしている。

独身時代、食品会社の商品開発の仕事をしてた関係で、私も添加物や農薬がどっちかというと気になるタイプで、子どもに与えるものにわりと神経質だったと認める。加えて、中学の家庭科の授業での栄養素の話やら、自分で図書館でいろいろ借りて読んでいる本やらで、どんどん思想を強化してしまい、気がつけば結構な健康オタクな人になっていた。

 

「あーもうめんどくさい!おかーさんは今日パスタ食べたいんだから、あんたは餅でも焼いて食え」と言うと、最近は自分で料理を作ったりもしている。

空気のきれいな自然いっぱいの田舎暮らしにも憧れて、だんなさんが取材で仲良くなった長野の農家の田植えに行くと言っている。

「行ったらもう帰ってこないんじゃない?」と妹。山村留学・・・ありうる・・・。

 

それだけじゃない。視力検査で0.3可しかなく、目が悪いのはテレビの見過ぎ、ゲームのやりすぎって、確かにあたしゃ言った。だから眼鏡をかけなさい、って。

気がつけば、テレビも映画もパソコンも携帯の画面も一切見ない人になっていた。

まあ、悪いことじゃないんだからいいんじゃない?とだんなさん。だけど、町中の液晶スクリーンの広告や、しまいにはデジタル時計の画面すら見ないってなってしまったので、まじか、と思う。

それで、最近の視力検査では1.0まで持ち直し、またまた思想を強化・・・。

 

食べないことも、見ないことも、「今お腹いっぱいだからいいや」とか「別に興味ないから見ない」とかあくまで穏便に波風立てないように言うので、もやもやしつつも放置

してきたけど、うーむどうしたものか。

 

友だちは大受けであった。そんな思春期の出方ってあるんだ!やー将来が楽しみだね!

でも、こうやって書いていると、やっぱりおおむねオレのせいだと感じるなあ〜。

 

友だちや、いろんな知人の思春期の話を聞くと、「あ、おかーさん(つまり話し手)に似てる」って感じる。子どもがお母さんの性質を、より強化して融通がきかない状態で全うしようとしているみたいな印象。

大人はぶーすか言いながらも、社会生活と折り合いをつけて、妥協もしつつ、のらりくらりやるんだけど、子どもはすごく「真に受けちゃう」というかんじで、いやはや困ったとみんなが言っている気がする。

 

「子どもが親の矛盾やずるさを突きつけるある種の合わせ鏡のような状態」が思春期状態の親子関係と言えるんじゃないだろうか。

それは、絶対的な愛と依存と信頼関係で、親を客観的に見ることがなかった子どもが、親をひとりの人として理解、解釈、納得しようとしはじめ、やがて乗り越えていこうとする過程のことなんだろう。

 

子育ては、子育てられだね、実際。

ま、テキトーに様子を見ていくしかないか。