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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

しぶしぶ

GW最終日。

昨日今日に予定していたキャンプは、私の体調のせいで流れてしまった。

子供らには悪かったけれど、のんびりできてちょっとありがたかった。

 

昨日は、お庭大活躍。昼はざるそばに天ぷら、夜はBBQ。

ボーイスカウトやってる息子は、火起こしが上手で、炭がめっちゃええ具合。何を食べても「うまいっ」と声が出る。

夜でも外気は暖かく、ワイン飲みながらゆっくりゆっくり肉と野菜を焼いていく。

まったりのんびりいい時間だったな。

 

連休の締めは、オーケストラ。役員になった私は、役員を頼まれる時は月1回と言われながら、結局、週1ペースで通うはめになっている。まあよくあるパターンだ・・・。

 

今日は役員ミーティングなので、先週もらった宿題を慌ててぱたぱたと片付けている。

最大の宿題。さっき、ipod touchにLINEをインストール

これまで笑顔で「ガラケーなんですー」と逃げていたのが、

「何とかなりませんか」と面と向かってきっぱり言われ、びっくり。ガラケーでもPCでもできる、と。とうとう追いつめられる。

LINEをやらないと、みんなに迷惑かかるのだと言外に言われる。

 

それで、しょうがないから、だんなお古のipod touchにLINEを導入することに。

PCだと、メアドと連動してしまうので、芋づる式に色んな人とつながるはめになる。だから、普段ネット環境にないipod touchで、「基本ネット環境にないので、レスポンスめっちゃ遅いけど、いいっすね」と念押しした上で、差し当たり、オケ専用ということでやってみる。押し切られたみたいで、どちらかといえば、いやーな気分。プッシュした人はまったく気付いてないというか、無頓着だと思う。

 

中学の一年最後の役員会で、反省点として「メールで皆と連絡取り合いながら進めるのがすごく手間ひまだった。連絡つかない人もいるし」という意見に対し、誰かがしみじみ言っていた。

 

「昔は、メールもLINEもなくって普通にやれてたんですよね。便利なツールのはずなのに、不思議と簡便化されているという感じがない。むしろ、やることが増えて大変になっているとかいう話になっている。これは何現象なんでしょう・・・」

 

なんでもかんでも、メールやLINEで細かにやりとりすることが便利なことだと皆、思い込んでいるけれど、どんだけそれに時間を奪われているのか、ということをどれだけの人がシビアに捉えているだろう。

何が本当に便利で合理的か、どういう進め方がいいのか、ということを、いま一度、考えてみる必要があると思う。

 

自分に関して言えば、LINEどうよということをあれこれ考え、取捨選択する時間が、もうすでにもったいない。やるうちに慣れるのかもしれないが、現段階では、純粋に感覚的に、

LINEのスピード感覚や雑な言葉のやりとりについていけないし、またついていきたくもないという気持ち。

 

とりわけ、仕事関係の人とはLINEしたくない。LINEの「カジュアルなてい」は、結構な曲者だと、他の人の話を聞いていても思う。

フリーランスと発注元のように、対等でない間柄においては、立場が上の側にとって、むちゃ振りしやすいツールだと感じる。「そんなことLINEで頼むんだ?」とか「そんな重大なことをLINEで一方的に言われたの」とかいう話も聞く。ツールの性格上、大抵言葉が足りず、受取る側は「between the line」いわゆるソンタクに頭を悩ませることなるし、短納期の仕事も増えそうで、まあ奴隷度は高まるだろう。

 

そしてこちらが早く返答が欲しいときほど、すん、と沈黙したまま、スルーされたり、レスポンスないということも、ままありそうだ。

ストレスが増大するのは目に見えてるゆえ、時代遅れと言われようと、ひっぱれるところまではひっぱるぞー、と思っている。

 

ついみんな大好きなLINEのわるくちになっちゃって、もやもやするけど、「LINEって何なのか」ということをちゃんと踏まえて利用していかなくっちゃ、と思っている。

一見、便利で合理的だから、安いから、あるいはただだから、という理由で、考えなしで取り入れたものに、気がつかないまま色んなものを明け渡しているということが、ままあるからだ。

 

息子がうるさいから、さ、ご飯つくろ。