読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

テレビなし実験

昨夜は冬のパジャマが暑苦しくって、寝室で脱いでTシャツ一枚で寝たけど、平気だった。もう春なんだなあ。

 

今日はこれから自由が丘に取材。

自由が丘、ほんとに久しぶり。でも、せっかくだからあすこへ行きたい、ここも行きたいということが全然ない。ぶらぶら歩けばそれなりに楽しいので、小一時間ほど仕事の後ぶらついて帰ろう、という感じ。

 

都内に出ても、映画館以外はそんなに寄り道しなくなってしまったなあ〜。この好奇心の薄さはどうなんじゃろ。

 

我が家は1ヶ月、テレビなし実験をすることになった。子供ふたりがノリノリで、親は渋々。息子には以前からたびたび言われていて、聞き流していたのだけど、昨日の夕飯時に家族会議的になり、なんだかそういうことになってしまった。

 

正直、テレビは基本、本当につまらなく、年々見ているテレビは減って、録画している決まったものだけを見るサイクルになっていた。たまにぼーっと何となく見てしまうと、後で「ああ、時間を無駄にした。くだらなかった」と後悔することも多かったので、まあいいのだけど、なんとなく不安に思ったり。

そしてうちはだんなさんが仕事の関係上、見ないといけないものもあるから、処分というわけにはいかない。普段はリモコンしまっとくくらいのことか。

 

私的には、こないだの「カルテット」のようないいドラマもたまにはあるし、テニスがある時は見たいしなあ。

録画して見ているプログラムは「72時間」「家、ついて行っていいですか?」「covers」「ぼくらの時間」など。

 

ま、一番のテレビっ子の娘がどう出るか次第だな。

そして今のNHKに受信料払うのは、いい加減業腹だったので、そこはせいせいするな。

 

しかし、普通テレビ見るなって親が言うことだよなあ。テレビもゲームも要らない、図書館に行けば本が読めるし、外に出れば運動できる、と息子が言う。なんでそんな大人が言うようなことを言うんじゃろ。そして親ふたりは「えーまじでやるの?別にちょっとくらい、いんじゃない?」とか言っている。

最近はご飯作りにはまっている息子。週に2、3度は、私のウー・ウェン本を読み込んで、献立を立て、買い出しに行き、八角の効いた豚の角煮なぞを作っている。変な子供だ。私はらくちんでいいのだけど。

 

私のお腹から出て来た子供とはいえ、考えていることは分からないし、独自の性格を持って、どんどんと成長している子どもたち。どんな風になっていくか、誰にも分からない。わくわくと楽しみ。

 

でも、実家の母には「怒らないし、好きにさせすぎ」もっとちゃんと子育てせんとあかん、と呆れられている。

どんな側面においても、人生のどのシーンでもどこに誰といても、自分は自然と鬼っ子人生みたいになってしまう。いつもさびしいような、開き直っているような感覚で生きている。

今の幸せは、だんなさんという同志がいてくれるからこそだ。