続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

牯嶺街少年殺人事件

先月見た、印象深い2作品のうちのひとつ。

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牯嶺街少年殺人事件」

3時間56分、トイレに行きたくなったらどうしようとどきどきしながら見た。杞憂に終わる。

優れた映画は、多かれ少なかれ、その映画の世界にトリップしたような感覚を抱かせるものだけれど、この作品のトリップ感、その場にあたかも居合わせているような気分のリアリティーは特別だと思う。どうして、何が原因でこんなことが起こるのだろうと思う。

冒頭、うららかな陽気の昼下がり、美しい一本の並木道を行き交う人々が長回しで映されるのだけど、その段階でものすごく引き込まれてしまった。その時代とその場所に。まだ物語が始まってもいないのに。

 

本当に映像が美しく、好きでない画がひとつもない。どれもばっちり決まっている。構図に迷いがないし、淡い色彩と引き算の美ともいうべき映像表現は、日本的な感覚に通じると思う。もちろん小津の影響は色濃くあるのだろうけれど、エドワード・ヤンはずっとモダンというか、にくいほどお洒落な感覚がある。小津の影響を受けている海外作品は枚挙にいとまがないけれど、エドワード・ヤンの映像は、アキ・カウリスマキと同じくらいに好ましいと感じる。カウリスマキとはまた全然違うのもいい。

そして夜。あまりにも魅惑的。魔法のよう。美しすぎるし、20年以上も前の映画とは全然思えない、全く古さを感じない。とにかく、忘れがたい美しさ。

エドワード・ヤンのエゴイスティックで天才的な感覚、その美に対する厳格さ、あまりに厳しいと思うけれど、やはり魅了される。観客で良かった、と思う。

 

トーリーは、実際にあった事件をアレンジしたものだということ、詳しくは知らない。私自身は、男性性と女性性の違いが深く印象に残った。

ある社会の状況があった時に、男性性は女性性に比べ、ずっと危うく、寄る辺ない。男は大人も子供も社会性の生き物であって、女性はもっと動物的に地に根を張り、子孫を増やす。ある歪んだ社会のありように対する怒りも含め、そういう男と女の生き方の違いのようなものが、象徴的に表されていたと感じた。普遍的なテーマだと思う。

 

あっと驚くような変遷がいくつもあって、不可塑性に打ちのめされるような気持ちになり、脱力したところで、合格発表を読み上げるラジオの音声で作品が終わって行く、その余韻の素晴らしさ。

久々に中国語の映画を堪能したという気持ち。