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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

朝からしとしとと雨。冷え込む。

もうしまおうと思っていたストーブに火を入れた。

 

昨日はインタビューで新橋。

しばらくインタビューしていなかったので、緊張した。でも、今回のインタビュイーは朗らかで気取りのないおじさまで良かった。

色々な人が色々な物語を抱えて生きているということにほんの少し、触れる事が許される。どんな相手であっても、それなりに長く生きている人であれば皆とても興味深く、インタビューのあった日は、いつもその人のことばかり考えてしまう。

 

しかし独特だなあ、新橋。背広姿の軍団が闊歩しているので、町の風景がなんとなく黒っぽい。お店も何もかも、ほんとうーにサラリーマンの為の町だなあ。

 

仕事の前にトイレを借りておこう、とニュー新橋ビルに入り、空いてるだろうからと2階に上がると、摩訶不思議な空間。

アジアのちょっといかがわしいマッサージ屋街のよう。気怠い風情の中国やタイのお姉さんたち。空きテナントも多く、薄暗い。アダルトショップも多い。喫茶店は激しく昭和感漂う。お客さんも店員も濃ゆい。都心の駅前から一歩入るとこのトリップ感。好きというのとは違うが、面白いなあと思う。そのうち取り壊されて、マルイとか、ヨドバシとかになっちゃうのかもしれない。好きじゃないが、それは残念。

 

行きと帰りの電車のなかで「騎士団長殺し」をまとめて読んで、読了。

これまでの長編のエッセンスが色々と含まれていると感じた。

ねじまき鳥クロニクルの井戸、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドのやみくろの世界、ダンス・ダンス・ダンスの五反田くん、羊を巡る冒険の羊男など。

 

すごく素直にイマジネーションに身を任せている、余分な力の抜けた感じが良いと思った。

そして私が今、現実の世界で自分が右往左往している、苦しんだり、面白がったり、怒ったり、悲しんだり、幸福を感じたりしている層よりもひとつぐっと潜った層の様相を小説が示してくれたことで、枠が少し外れるような感覚を得た。

 

この本を読み始めた影響もあるのか、先日テレビを持たない友だちに久々に会ったせいもあるのか、テレビニュースを見なくなってもう数日経つ。

洗濯物を畳む時には「カルテット」を一話から見直し、今朝はベン・スティラーの「LIFE!」を見ていた。この映画すごい好き。

ニュースを見ないのは、精神衛生上、わりに良いように思う。

 

昨日、だんなさんのFBに弟からメッセージが来たので、今朝あわてて、バンコクの弟におみやげサンキューのメール。先日実家で撮った集合写真を添えて。弟の部下のシラさんについて尋ねる。

シラが元気で、気弱で図太く、時々弟を大いにムカつかせているといいな(笑)と思いつつ。

 

あとは帰省の時に撮った写真をまだ各所にメールせねばだ。

関西から辻堂に戻ってきて、本当にほっとしている。

 

雨音すごいな。昨日の夜は満月の朧月夜だった。

そして今日は午後から「Moonlight」を見に行く。

本当はレイトショーで見たかったけど、朝が早いのでやめていた。

こういうお天気のなか見に行くのがちょうどいい。

 

息子に負けず劣らず、常に何かしていないと落ち着かないたちで苦労している。

生理になると、強制的にブレーキがかかり、ぽかんとした時間を過ごさざるをえず、こうして愚にもつかない文章も書ける。その上のこの大雨だ。諦めざるをえなくて、せいせいするなあ。

身体は不快だが、ありがたいことだ。