続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

底をつく

不器用で、新しい生活サイクルに馴染めぬまま試行錯誤の日々。

デイサービスも辞めたし、仕事がんばらねば、と思ってちょっと頑張りすぎてしまっていたみたい。

常に頭の片隅に「未消化案件」と書いた札がぺたっと貼られているような感覚があって、知らず知らずの内に、結構気が塞いでいたらしい。

 

色々いいことがあってもそれを上手くキャッチできていない、ありがたいことをありがたく思えていない自分にふと今日気がついた。

 

自転車に乗ってジムへ向かう道すがら、なんてことない住宅街の裏道を走っていて、「こつん」と小さな音を聞いた。

それは「あ、もうこんな自分に飽きた」という気づきの音。

 

それで「明るくあらなきゃあな」とふーっと息を吐いて思い、ぐんぐんとペダルを漕いでジムへ行き、憑き物を落とすみたいにがんがん汗をかいて、がしがしとお風呂で体を磨いてすっきりした。

 

不満とか、被害者意識みたいなものに、知らず知らず、巣食われていた。きっかけも原因もよく分からぬ。こわいなあ。

このところ、常に仕事が出入りしている状態に慣れず、自分自身を整理できないもやもや感の中で過ごしていたことは、大きく関係しているような気がする。所詮このつたない、若くもない身体が資本だ。

 

幸福はバランスの中にある。分かっていても、上手くドライブするのは至難の業だ。

日々、いろんな目に遭うし、色んな人に色んなことを言われもするし、プッシュされたりもするし。

 

それでも、物事は本当に捉え方次第だから、「明るくあることを選ぶ」と決めた途端に、流れは目に見えて変わって来る。

 

ある程度の気力がないと「明るくあることを選ぶ」元気もないから、しょうもない自分に耐えながらやり過ごすしかない時間もある。

底をついたということは、気力が少しづつ貯まって来たしるしであるのかも知れぬ。

 

それも自分、これも自分。

 

親しい人、そうでもない人も含めた周囲の人々に助けられて巻き返すことは多い。何はともあれ孤独はいかんなと思う。

まだまだできてないんだけど、やっぱり人と関わることから逃げてはいけないんだな。