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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

目の前の桃だけ拾うおばあさん

thought

だんだんと、春のきざし。

日曜は久々に家族4人で親水公園。

早咲きの桜は、もう葉桜になりかけていた。

風が強くてバドミントンできず、サッカーしたり、テニスをしたり。

 

男ふたりはキャッチボールを始めたので、

女ふたりはちょっとアスレチックで遊んでから公園の隅まで散策に。

色んな人が、思い思いに過ごしている。

ジャンベの練習をしている人、MTBで岩登りしているグループ、スケボー少年、静かに連れ立って歩く老夫婦。

間に大きな引地川が流れていて、風が気持ち良く抜けている。

とりわけ見晴らしが良く、暖かくなったらここでおべんと食べたいな、と思うスポットを心に留めてから引き返した。

 

昨日の風の余波で、今日も波が高いらしい。

だんなさんは材木座へ波乗りに行く準備をいそいそと。

私は午後から広報の打ち合わせ。何にも準備してないままで行く。

 

 

さて、何となく乗れないままにこれから仕事だけれど。

先週売り込みに行った新宿2丁目の編プロの社長さん。彼に限らず、得意分野は何か、何が人よりアドバンテージをもって書けるのか、ということを大抵聞かれる。

 

私は、そうは言ってもこれだけは誰にも負けないなんて何に関しても言えないし、と思い、

正直に、自分は聴くことが好きで得意と思っているので、ジャンルに依らず、今後もインタビューや取材を中心でいきたいと答えた。

こんなんでいいんだろうかとは思いつつ。

 

そんな中、昨日の糸井さんの「今日のダーリン」でこんなフレーズ。

『ある時期から、ぼくはなんにも詳しくないと決めて、目の前に流れてきた桃だけ拾うおばあさんになったのよ。』

いいな、目の前の桃だけ拾うおばあさん。

 

何につけ、「これだけは誰にも負けません」なんて、ほぼインチキだ。

知れば知るほど、何も知らないことを知るのが真理なのだから。

そういうハッタリで、自分を余計に大きく高く見せたりするのは、疲れるばっかりだから、あんまりしたくない。

もちろん、仕事相手に不安を与えるようではいけないとは思うけれど。

 

そして、「知らない」ということを言うことを、嫌う人ってわりにいる。

けれど、私は「知らない」と言うのはむしろ好きな方かもしれない。「知らない、ぜひ聴かせて」と伝えると、会話の世界はすごく豊かに広がって行くから。

そうは言っても、もっと若い頃は、知らないとカミングアウトすることは、時々怖かったりした。

年を取って、それなりに開き直り、少しは色んなものに脅かされない人生になってきているのだろうと思うと、喜ばしいことのような気がする。

 

件の編プロからは「これからがっつり一緒にやりましょう!」と言っていただき、良かった。これからも、ひとつひとつ、嘘つかないで積み上げていこう。

 

もうこの年になったら、自分が普通にできる、無理なくできる、と思うことを背伸びせずにやっていく。お金を一番にせず。わくわくするポイントを見出しながら。