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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

西加奈子「i」

朝から広報の仕事で印刷所→中学校へ。ようやっと終わった〜。

打ち上げたい!それも会議室に持ち寄りは嫌だ!外のレストランで、アルコールもなくっちゃ!と、はしゃぐにこにこ顔のみんなを見ていて、ああ、みんな楽しくやってくれたんだな、良かった、と心の中で小さくにっこりする。

わいわいかしましい部屋のなか、静か〜なのは私と、代表をやってくれたIさん。難病で不登校の娘さんを抱えながら、あみだくじで代表になってしまったシングルマザーのIさん。他のみんなはそういう事情を知らないまま終わった。

 

人にはほんとに色んなことがある。つい自分とおんなじようなもんだと見くびりがちだが、苦労してない人なんていない。インタビューの仕事をしていると、つくづくそう思う。子供から大人まで、どのような人もその人なりの何かを抱えている。

外から見ていると、そんな苦労はみんな出さないから分からない。Iさんも、美人で、センスも良く、明るく、おしゃべりが上手で、打ち明けてくれなかったら、「いい人だな、要領も良くて話もうまくてうらやましいな」とか、呑気に思っていただけだろう。

これからも、誰と付き合う場合でも、自分は何にも分からないで人と接しているんだということを、何度でもちゃんと心に留めておく必要がある。

 

それでも、どんだけ気をつけていても、これからも誰かを傷つけることはあるだろう。自分だって傷つけられる。でも、自分がいつでも加害者になりうるという想像力を持つことを忘れないでいたい。そして、人と付き合うということは「傷」を避けられないというある種の開き直りもまた。

 

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翻って小説の話。

「i」で、西加奈子さんが描いた物語に、こういうささやかな日常の実感がつながっていく。そのことが、この物語がたんなる絵空事ではなく、強い力を持った、値打ちのある物語であることを証明していると思う。

 

生まれた国がどこで、親がどうで、金銭的にどうで、能力がどうで、容貌がどうで、何を食べて、健康がどうで、兄弟がどうで・・・。数え上げたらきりがないそういう無数の組み合わせの妙によって、ひとりひとりのキャラクターは形作られていく。どういう巡り合わせにあっても、どんだけ恵まれていたとしても、恵まれているゆえに不幸になるのもまた人間だ。

どんな人もその人なりの何かを抱えており、誰かがそれを感謝すべきとか、かわいそうとか、他人の価値観で持って決めつけることは、だめとか言う前に、ただただ的外れなことなんだ。

 

どこまで行っても分からない。どれだけ愛しても同じにはなれない。それは孤独で、ときに絶望的に悲しい。そして、どれだけ善意であろうとしても、誰にも迷惑をかけず、誰も傷つけないなんていうのは不可能だ。

それでも、人は互いに許され、愛されて、自分を取り巻く他者からの愛情を力に生きて行くものなんだということ。

 

すごいなあ、西さん。読み始めてすぐに、涙がずっとじわじわ出ながら読んでいた。

この文章の持つまっすぐな迫力に感激して。今の世の中の痛みから目を逸らさず、苦しみ絞り出すようにしながら誠実に懸命に書いている、その重みと切実さが、じっくりとした文章から、ひりひりと痛みを伴って伝わってくるからだった。

 

そうして西さんが、命を削るようにして苦しみながら紡いだ物語が、自分も今の世の中で自分なりに傷つき、罪悪感を持って生きていることに気づかせ、向き合わせてくれたということ。心を硬い殻で守り、自ら目を逸らし、鈍感になり、かたくなになることで耐えようとしているのだけど、こんなに柔らかく繊細なものが、自分の心の芯にはある。誰の心にもある。そういうことに泣けたんだと思います。

この物語は、今の世に生きる多くの傷つき、疲れた人たちを癒すと思う。

 

「サラバ!」同様、生まれた時から今に至るまでずっと、時系列に物語られていくのもすごく好きだった。そこにある現象は、それ単体ではかることはできない。その人のそれまでの人生の積み重ねの結果であるのだという姿勢に共感。

 

ぶざまで、醜く不器用なことほど愛おしく描かれている。どんだけ自分をだめと卑下しても、抱きしめられるような強さがある。西加奈子さんは、ほんまにほんまに、愛情深い人なんやなあ。同じ時代にいてくれてありがとうって思う。