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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

部活よ、どこへ向かうのか

thought note

昨日からだんなさんも高知へ行ってしまい、母子家庭始まる。いきなり部屋が汚い。

さすがに嫌になって、朝からさくさく家事をする。

「家事とは詰まるところ後片付けの連続であり、後片付けのない家事は存在しない」という村上さんの名言を胸に、とにかく元の場所にいちいち戻す、ということを繰り返していると、するすると部屋は片づき、気持ちはすとんと落ち着いた。ほっ。

 

昨日は、朝から広報で中学校へ行っていたということもあり、午後のヨガを休んで色々まとめて仕事を片付けていた。書類をプリントアウトしたり、仕事の電話をかけたり、ファイルを作ったり、頭の中を整理したり、というようなこと。

だんなさんがいないとすごいはかどる・・・。

 

そして何より、久々に実家の母、妹とゆっくり電話で喋れたのが良かった。ずーっと気になりながら、ああ、今日も電話できひんかった。の繰り返しだったので。

 

同じ中一の吹奏楽部の子供のいる妹に、ゆうたが秋口から何度も部活を辞めたいって先生に話しても辞めさせてもらえず、しょうがなく私が気を遣いつつ電話したら、逆ギレ気味に対応されたけど、次の日には担任に話が行き、ようやく年明けに辞められることになったことを愚痴まじりに報告。

 

「なんでそこまで辞めさせてくれへんの?」と聞かれ、ゆうたが今まで先生から言われたことを言う。

「入部の時楽器を変えてみんなに迷惑をかけたからだめ」「先輩に迷惑をかけるからだめ」「男子ひとりってのは入部の時から分かってたことだからだめ」「辞めたら後悔すると思うよ」などなどの謎の理由を。

 

そうしたら、ガラの悪い関西弁で、「ああ言えばこう言うのう〜!って言うたれ!!」と妹。しばし爆笑して、すっきりする。

 

まあ、ゆうたも自分の考えを理路整然と喋れる人では全然ないし、

「部活がつまらなくて、ろくに指導もなく、練習はだらだら休憩ばかり、でも拘束時間は長い。もっと有意義な他のことをしたい」という本音は、先生批判、部活批判につながるので、なかなかそのままは言えない。

だから、もぐもぐと言い訳めいた言い方をしているとは思うんだけど、7月から折々言い続けて、半年も聞き流され続けるというのは、中学生は子供だからということで、先生も意見をまともに聞く気がなく、軽んじているのだろうなあと思わずにはいられない。

 

以前先輩ママから聞いていた通りに、中学生って難しい。ほんとに子供と大人の狭間の存在。本人の考えや意見が尊重されるような感じではなく、容易に大人にごり押しされる。そのように子供扱いされる存在なんだけれど、かといって「中学生にもなって親がしゃしゃり出て行く」のはどうか、みたいな感覚も強くある。

本人の自立のためにも、何とか本人と学校間で決着して欲しいと思い、私も結局半年も様子を見ていたものなあ。

 

結局、部活に関しては、口出しせず学校やクラブチームの言うがまま、流されているような人は多い。周囲の知人ママさんと部活の話をすると、楽しく熱中してやれてる子に関しては全く平和で「良かったね!」で、問題ないのだけど、うちみたいにそうじゃない子も結構たくさんいるんだなと思う。

そういうケースの場合、「どう?」と訪ねると、決まってママは、腑に落ちないという表情で「もうテニス一色よ〜」とか、「とにかく忙しくて」とか言う。本人は楽しんでやってるの?と聞くと、「まあそれなりに行ってるみたいよ〜」的な対応。
 

話している彼女は不満げなんだけど、その不満の根っこについてあんまりつっこんで考える気はなくって「まあそういうもんか」「しょうがないのかな」みたいなかんじで、ただ巻き込まれ続けている。

 

部活、どうしても嫌でたまらないという訳ではないんだけど、そこまで時間を割いて、全ての予定を優先してやることか?そしてどこを目指しているのか、部活よ?という辺りが、みんな腑に落ちていない。でも、いち抜けするのは、なぜかかなり勇気の要ることらしい。

重ねて言うが、楽しくやれてる子は全然問題ないし、もっと柔軟な活動をしている他の学校も世の中にはたくさんあると思う。合わない子や、辞めたい子が、抜けられないのが問題ということ。

 

しかし、部活。なんで何度言っても辞めさせてもらえないか、今回つくづく純粋に謎だった。退部員が出ると、先生にペナルティーでもあるのだろうか?

子供の内申点に響く、みたいなことも知人に言われたけど、教育のコラムを書いて資料を調べたときに、部長などの経験や、大会での成績は加味されることもあるが、在籍してないペナルティーなど存在しないことは知っているし、そもそもそこを気にしてないし。

とにかく一度入ったら辞めないほうがいい、という圧が強すぎて面食らう。

 

おとといの夕飯時、「部活ってなんでや」という話を家族でしばし話し合う。正確には夫婦とおっちん。当のゆうたは涼しい顔で何も言わずにご飯を食べている。

 

だんなさんは、中学校には「いずれ社会に出る時のための組織や社会性をつちかうための訓練の場」でもあるという意識があるから、「気に入らない、合わないから辞める」ということを容認しにくい意識はあるかも、と言う。

本人の本意不本意に関わらず、集団に適応できないと後々自分自身が困るんだみたいな発想、一理あるのだろうけど、個人的にはものすごい気持ち悪いなあと思うのみ。

 

でも、たかだか中学生の部活だと思うが、実は積んでるエンジンは電通みたいなブラック企業とよく似ている、のかも知れぬ。集団である以上、日本社会の縮図なのだ。

 

第一、部活を指導する先生自体がブラック企業の一員だもの。土日返上して働いても、残業しても、お給料ほとんど出ていないはず。遠征しても、交通費も何も、全部自分持ち。

夜中の23時とかに、だんなさんと散歩していたら、中学の先生の帰宅とすれ違ったこともある。そんななかで、働いている先生たち。

 

私は、父のきょうだいが教師ばかりで、それぞれの配偶者や子供もまた教師と結婚して、倍々に教師ばかりという特殊な親戚だったので、幼稚園から大学までの先生がみんな親戚でいたのだけど、私が子供の頃に比べ、今の先生、信じがたいくらいブラックな環境になっている。親戚のおじちゃん、おばちゃん、もっとゆったり、休みが全然多かったし、楽しそうに自信を持って働いていた。

でも、従姉妹のお姉ちゃんのだんなさんの世代になると、もう汲々として、なんだか気の毒なかんじだ。先生を取り巻く環境は、すごく変わってしまったと思う。

 

子供に「合わないからやめます」と言われて「ざけんなよ、こっちはこんだけ捧げてやってるんだ」と先生が心のどこかで思ったとしても、それを責める気には毛頭なれない。

 

もう、構造上の問題、システムの問題なんだろうなあと思うのみ。だから何かを責めても詮無い。でも、それに付き合わねばならないということにはならない。

とにかく、周りがどうあれ、いたくない場所からは背を向けてダッシュで逃げるというのが普段からの基本姿勢。

いち抜けし、穏便に、静かに去って、自分たちは目立たぬよう、「ハッピーゴーラッキー」で行くしかない。

 

さて、ついえらい長文になってしまったけど、さすがに出かける準備をしなくっちゃだ!