続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ハッピーエンドの選び方」

娘があまりにも勧めるので、一枚だけ「極暖」ヒートテックなるものを買ってみたら、やはり温かい。洗濯が乾くと探してまたすぐに着るというサイクルになっているので、もう一枚買い足そう、と決定。

 

今日はこれから元女社長とおでかけ。働き者は朝が早いので、予定より一時間も早く迎えに行ってもいいか?とメールが来たので、30分待ってくれ、と返す。朝にちょっとお茶を飲んでほっとする時間がないと気持ちが慌ただしい。

 

昨日、映画「ハッピーエンドの選び方」、興味深く見た。イスラエル映画って多分初めて見た。その国の人が、当たり前と思って描いている普段の風景みたいなものが、日本人の目から見るとすごくびっくりするポイントだったりするのが、知らない外国の映画を観る楽しさのひとつだなあと思う。

 

作中、お葬式のシーンが出て来るのだけど、イスラエルのお墓って、立体駐車場みたいなのだ。太い鉄骨ががしがし組まれた、コンクリートむき出しで、吹き抜け感のある高層の建物に、ずらりとお墓が並ぶ。何階建てかはさすがに映画では分からなかったんだけど、地上15階にあるお墓とか、日本人の感覚では相当シュールな感じがするよなあ。

しかも高層の建物内なのに、半土葬なのだ。もりもり土をかける。

 

あと、これがポピュラーなことなのか何なのか、よく分からないけれど、登場人物のお年寄りたちは、マンションのように各部屋でプライベートな空間を持ちつつ、食堂やプールなんかは共有するという自由度の高い老人ホームに暮らしている。その建物内で70代くらいのおじいさん二人がゲイカップルになっているという設定もびっくりだ。ベッドシーンも普通に出て来る。突然部屋を訪ねて来た他の入居者に見つかってしまうんだけど、皆しらっと「ああ、お幸せに」とか言うのだ。しかも片方のじいさんは奥さんもその建物内に一緒に暮らしていて、隠れて恋愛しているので、かみさんには内緒で!と。

 それらに対するつっこみも強調も特に無く、普通に流されているそうした部分が面白いなあと思った。

 

死にたいけど、延命治療されて死ねない、だから自死装置を発明して、愛しているからこそ仲間で協力して死なせてあげる、という作品のテーマに関しては、色々考えさせられることが多かった。映画の終わり方には息切れ感を感じ、もう一息踏ん張ってくれたら!と思ったけど、少なくともしゃらくさい映画ではなく、全体に好印象。

 

ただ、日本の予告編は非常にミスリーディング。「発明家のかわいいおじいちゃんが作った天国に行ける装置が評判になって・・・」みたいな、やけにかわいい感じを演出しているが、実際はしっかり生々しく、重苦しく、時々は笑えるけど、切なさをともなった大人の笑いで、予告編はちょっと騙そうとしているね、まあしょうがないところもあるんだろうけど、と思った。

末期の寝たきりの年寄りばかりが出て来るからこそ喜々として見ようとする私たちみたいなのが珍しいんであって、そんな辛気くさいもの、しかもトーンも暗いっていったら、まあ見ようと思わないっていうのが普通の感覚だとは思う。

 

でも、映画の色んな人生を疑似体験することは、時に生きて行く上でのものすごい助けになると思う。

私たちは全員死ぬ。誰一人例外無く、きれいにいなくなる。死ぬまで元気にぴんぴんころりなんて、自分が職場で出会って来た何十人のお年寄りの中で、片手で数えられる程度。平均13年間、他人の世話にならなければ暮らして行けない状態を経て死ぬのが、今の日本人の現実だ。

映画は単なる知識でなく、物語であり、登場人物の心や生きざまににぐーっと入って行くからこそ、知り得ないことを知れるからこそ、はかり知れない学びがあると思う。

 

さて、服を着替えてお化粧しよ。

 

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