続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

携帯紛失

さあ、また1週間がはじまった。子供たちも学校へ行った。

さあお仕事だ、電話電話・・・・ない・・・・。

家の電話から何度かけても、携帯の音はなく、家中静まり返っている。

充電切れかも、とあちこちひっくり返しても見つからない、うーんどうしよう。

 

しばらくしてだんなさんが起きて来て、すがるように

「携帯見なかったーー!?」と聞くと、まあまあ落ち着いて、と言ってから、

昨日の行動をひとつずつ反復させられた。

帰りの車の中でメール見たし!昨日は帰ってからはずっと家で出てないし!と

イライラ答える私に、取材帰りどこか寄り道しなかったの?と。

うーーん、いやーどこも、うーん、あっ!

 

昨日の取材の帰り、ふらっと飲食店に立ち寄ったことをふと思い出し、慌てて電話したら、親切な店員さんが「黒い携帯ですか?」

はーー助かった。ほっとした。

部屋着のまま車に飛び乗り、携帯をもらいに行って、帰る道すがら大事な電話を1件、メールを2通、無事完了。

 

昨日の事さえよく覚えていない。年々自分に信用がならない度が高まって怖いくらい。

最近では、きちんとしてるだんなさん&下の娘に、脳内のTO DOリストをアウトソーシングするようになってきた。

上の息子は気の毒なくらい私みたい。

 

今朝は薄いシャツ1枚で学校に行こうとして、「あ、学ラン学ラン」と取りに戻って来て、また出て行こうとして私に「クラリネットは?」と訊かれて「あ」てな感じ。

もう、叱ることはできません。おかーさんのDNAのせいだね、すんません、というかんじ。

 

年取るごとに、会いたくない人との約束や、嫌な集まりや、面倒な手続きなんかは、すこーん、と忘れ果ててしまうようになり、基本気い遣いで、NOが言えない人間なのだけど、不可抗力的に暮らしがミニマム化されている現象。

無理に約束しても、忘れてしまう危険性が高いから、泣く泣く自分が好きな、自分が乗り気なことしかしない人生にどんどんなっている。

 

自分に無理を強いることを体が許さないので、結果的に心身の健康に寄与している。ある意味サバイバル能力だとすらいえるのかも。

 

しかし、自分にスマホは別段必要ないけれど、iPhoneの無くした時探してくれる機能だけは、欲しいと何度思ったことか・・・