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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

デイサービスとともちゃんのこと

昨日、今日と眼球が痛むくらいに原稿書きをして、昼過ぎに無事目処がついた。はーほっとした。しかし来週また2本締切なり。

こんなペースが続くということではもちろんなく、初めての媒体に納品するときは、それぞれのガイドラインがあるので、執筆よりもそっちに手間取ってしまったりする。web媒体だから、取材先での撮影、プラスαの画像のやりとりから加工までもあるので。早いとこ慣れて、軌道に乗りたいなと思っている。

 

夕方までのんびり家事をして、我が家の床拭きロボット「ぺりー」くんにも稼働していただき、軽く衣替えをし、気分良し。ただ今ワインとわさび柿の種をつまみにいい気持ち〜。

 

だんなさんはまたも長野、息子は吹奏楽のアンサンブルコンテスト(まだ辞めると言っていない)、娘は子ども会のハロウィンパーティー。よござんす。

 

 

ところで、私はベトナムで旅人同士として知り合っただんなさんと、兵庫と鎌倉の遠距離恋愛2年を経て、できちゃった結婚をして辻堂にやってきた。その頃、だんなさんはとある映画監督の元で助監督をしており、しょっちゅう家にも帰ってこれなくて新宿のカプセルホテルに泊まっているような新婚生活のスタートだった。お腹大きくって身動き取れない状態で、ひとりぼっちで始まった辻堂での暮らし。

 

マタニティーブルーもあり、泣いてカウンセラーさんに電話したりしたこともあって、心細かったなあ。

 

そんな中で、ひとりひとり、知り合いを増やしていった。途切れてしまった付き合いもたくさんあるけど、何人かの友人知人に支えられて、今もなんとかかんとかやっている。

 

そのひとりが、私が週一で働いている横浜のデイサービスの経営者のともちゃんだ。

私は子供を二人とも、茅ヶ崎の齋藤助産院という素晴らしい場所で出産したのだけど、上の息子を産んだ時、彼女は2日前に隣の部屋で女の子を産んで、滞在していた。

 

私が「ぎゃー痛いーー!!」とわめき散らし、「いや、もうやめます」という訳の分からない主張をし、斉藤先生に「やめれるわけないでしょ!しっかりしなさい!!」とめっちゃ怒られたりしていた一連のやりとりは、薄いふすま越しに彼女に丸聞こえだったのであり、さぞうるさかったろうに、隣室で「がんばれーーーがんばれーー」と祈ってくれていたらしい。

 

その上、出産の後帰宅直後にだんなが倒れ、入院、盲腸で手術。私は生後2日の優太を斉藤先生に託し、よれよれの体でだんなのお見舞いに行った。その時ずっとともちゃんが優太におっぱいをあげてくれていたんだった。良かったねえ、ゆうた。

 

その時はそのまま顔も合せず別れたのだけど、7ヶ月検診で奇跡的に再会して、それ以来の付き合いだ。

 

彼女は私とは比にならないくらいに色々と苦労のある人生で、2人目は重度の障害児だったし、さらにデイサービスを立ち上げてからは彼女はまともに雑談をする暇もないくらいに忙しい日々で、全くと言っていいほど友だちらしい会話をしてこなかった。相変わらずとても尊敬してはいるけれど、彼女はカリスマ性があって多くの人に慕われている人でもあり、ここ数年は近しいという感覚はなく、あくまで「できることがあればひとつでも具体的なお手伝いをしていこう」という気持ちで静かにスタッフに名を連ねていた。

 

そんな中、私が自分自身の仕事の比重がにわかに増えたことで、デイサービスの仕事がどんどん危うくなってきた。何度か危うく!なミスも連発し、ここ2ヶ月は毎週「あ!明日金曜日だった!献立決めて買い出しいかなきゃ!」と焦るという日々で、場当たり的なことこの上ない。

 

そして先週、とどめの出来事が。体験のお客様があって、「ガンで、脳梗塞で、糖尿病」用の特別食を、と2日前に頼まれ、頭が真っ白に。6-7品の献立で、食塩が1.5gとかしか使えない、カロリー計算も必要という。無理!

 

無理、というか、もう嫌だとしか思えなくて。自分にはもうモチベーションが残っていないなあと自覚し、ここ最近のやっつけ仕事を反省し、3年やってきたけどそろそろ潮時だな、と観念した。

 

 

と、ここで、子どもたちが立て続けに帰宅したので、とりあえず止めます。