続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

こういう1日は本意ではない、要対策。それとだんなさんに感謝。

朝からしとしとと雨。ウッドデッキのキャノピーにぱたぱたと雨が当たる音がするのを聞くと、なんだかほっとする。子どもたちがゴミ出しも回覧板も一緒に、元気に学校へ行ってしまったこのひとときがほんとほっこりして好きだ。

 

でも、大抵申し合わせたみたいにだんなさんが起き出してくる。座って一休みしたいし、ひとりの時は本を読みながらゆっくりよく噛んで朝ご飯を食べるので、もうちょっと寝てくれてたらいいのに、とうっすら思うけれど、気を取り直し、また食卓を整えて喋りながら食べる。ふたりの時は、毎朝大体1時間近くは喋りながらゆっくり朝食をとる。

そして洗濯(今日はなし)、片付けをしてお互い「じゃっ、また昼に!」と解散するのが我が家のルーティーンであります。

 

昨日、グラノーラが切れていたので、夜のうちにまた作らなくっちゃ、と思うのだけど、昨日は疲れすぎていて、10時台にはすとんと寝てしまった。

 

昨日は、色んな人に色んなことを言われる日で、ひとつひとつを粗相なく、と気をつけながら出来る限り早く処理することで一日が終わってしまった。

 

言われると言っても文句ではなく、「あれはどうなってますか?」とか「では会うのはこの日ではどうですか?」とか「この書類ってどう書いたらいいと思う?」とか「場所はどこにしましょう?」とか「この日、こういう人たちと会うんだけれど、一緒にどう?気が進まなかったら断ってね!」とか「納期はいついつです、でも厳しければ無理しないで、あらかじめ担当者と連絡取り合って、うんぬん・・・」「リクエストAはNGで、BはOKです、でも条件がありまして」とか、そういったことだ。なんか、ここに書いたのでまだ半分くらいだってのに改めて驚く・・・。

 

ひとつひとつはちっちゃいことなんだけれど、(だから達成感も薄い)いかに現代人ちゅーものが、日々色んなジャッジを迫られて生きているものなのか!とこうして書いてみると改めて思いますね。

 

日頃からなるべく、「そういう事で自分は今日はぱんぱんなんだー」というようなことは、だんなさんには面倒でもその場でさっぱりと説明しておく。例えば昨日みたく「こういうわけであんまり機嫌も良くないし、夜喋る暇もなく二階にこもっていたんだ」というようなことは時間をあけずに分かっておいてもらおう、と。

 

だんなさんは多分かなり気が利く人だが、やっぱり人間完全に(総体的に見るとというか相当ちょびっとしか)分かり合うことはできないもので、常に推測は推測でしかなく、ふたを開けてみると勘違いじゃん!ってことは多々ある。お互いに。

私はあっけらかんと、あまり周囲に配慮せず生きてしまうタイプなのだけど、だんなさんは気を回して対策を立てる人なので、色々悩ませてしまわないように、というところは気をつかっている、つもり。

などと言うと、どこがーっすか!と突っ込まれそうだから言わないけど。

 

そうして説明しといたかいあって、というか、「ああ、弁当とグラノーラ・・・」と思いながら今朝起き出してきたら、洗い物は全部片づき、お惣菜の残りもラップがかけられて冷蔵庫にしまわれ、散乱したせんたくものはひとつところにまとめられ、リビングもきれいに整えられ、お弁当用のごはんも洗ってあとは火にかけるだけになっていた。

 

もちろんいつもこんな感じではなく、だんなさんは忙しければ忙しいほど周囲を整頓したがる人なので、自分がひたすら落ち着かないからやっている。でもやっぱりありがたいです。

 

さて朝の30分休憩は終了、とりとめのない文章もこれにて。