読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

雨降り登山

昨日は雨にもかかわらず、大山へ家族でトレッキング。

多忙な息子が前々から熱心に調べて計画していたので、方向修正がきかず、みな巻き込まれるように分厚ーい雲のかかった山へ・・・。

 

とはいっても、途中までの登山道はあっさりケーブルカーですっとばし、登頂までの片道90分の道のり。それでもえらいことだったなあ!登頂直前までは雨がぱらぱらだったので助かったけど、ささっとお弁当食べて、下山の頃にはざーざー降り。

雨水で小川になってるような状態の道を(時々は小さな滝もあり)、ひたすらに進み、なんとか暗くなる前に帰ることができた。

 

山登り、実に4、5年ぶり。キャンプは毎年するものの、基本つくづくインドア派の我が家。

他の面子はぜいはあ言っているのに、息子はボーイスカウトで鍛えられているので、物足りないようなかんじで、ぴょんぴょん先に行っては戻って来たりを繰り返し。いつの間にかたくましくなったんだなーとうれしく、親がフォローできない肉体派サバイバルの分野をボーイスカウトに鍛えてもらっていることをつくづくありがたく思う。

娘もしばらく前からガールスカウトに入りたがっているけど、送り迎えが大変で二の足を踏んでいたのだけど、やりたいならやらせてあげたいなあとも思う。

 

初心者に最適!と書いてあった大山だけど、まあそうなんでしょうけれど山登りは山登りだったことでした。そして記憶に残る悪天候。今日は老夫婦はことさらゆっくりと家の中を移動しております。

 

でも不思議と楽しかったな。急勾配が続くので、常に半歩先だけ見て、ひたすらに登っていくのだけど、ちょっと平らなところに出て後ろを振り返ると、おおーーこんな所を登り切ったのか、となる。登る前にまじまじと見上げると、あんなに「ムリムリー!」って思えても、一歩ずつとにかく歩を運べば、いつの間にか登り切っている、の繰り返し。そういう小さな達成感になんとか助けられて、最後にご褒美みたいなパノラマが・・・・一切なかったですけどね。一面真っ白な霧で何も見えやしなかったですけどね。でも「おお、無事になんとか!」とは思いました。下山も然り。

だから登山はよく人生に例えられるのだなあ、と改めて思ったことだった。

 

そして複雑な自然のでこぼこした足場に、どういう順序で足をかけ、上へ登っていくかということだけを集中して考えている。ボルダリングって、この作業を極限まで頭脳プレー化したものなのだろうなと思う。その、組み立て作業のような面白さ。

息が上がるし、余計な事は何も考えられないし、ただただ自分のペースで歩いていくということが、実にシンプルで気持ちよく、そして空気はおいしく、実感として生きる力が上がる感じがあった。

「大丈夫?」「こっちの道が登りやすいよ」「あとちょっと、がんばれ!」みたいなシンプルな助け合いの精神だけがあるというのも気持ちが良い。

子どもたちがえらくいきいきしていて、都会っ子はこういのに飢えているよなあ、もっとこういう機会を持ってあげなくちゃなあと反省した。

 

ずぶぬれでへとへとで、ふもとのお茶屋でちょっと休んでから息子が見つけて来た「七沢荘」というホテルの日帰り温泉へ。ちょっとスピリチャル系の、愛にあふれつつも奇妙な場所だった。「気功」「宇宙」などのワードがあちこちに。そして衛生状況がひどいのには参った!泉質はとてもいいが、もう二度とごめん。

 

それでも、娘とおしゃべりしながら温泉に入るのは、私の一番大好きな時間の過ごし方のひとつだ。

 

帰り、入り口のおみやげ売店で息子がすごく険しい顔で「おかーさん!これ!高くない!?」と言ってきた。見ると幼稚園児が丸めたようなピンポン玉大の粘土だんごのようなものがかごに入れられており、「元気玉大3500円、小2500円」と書いてあった。そうだね、君にはこれはまだ触れたことのない価値観だろうね!と思い、思わず笑った。

 

これからも、家族のおでかけは子どもに全部コーディネートしてもらう方式を基本採用していきたい。

家族みんなのことを考えて、道からご飯屋から駐車場の場所まで、プランニングするのは子どもにとっていい勉強になるし、何より本人たちが乗り気なのがいちばん。

こちらとしてもこのインターネットの発達した世の中で、あらゆる写真やレビューを先にチェック出来てしまうから、何をやっても既視感があったり、良くも悪くも外れなしでなんでもソツなくやれてやれてしまうところがあると思うんだけど、今回みたいに訳の分からない体験ができる面白さもあるのがいい。ハプニング好きの自分としては。