続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

おかげさんで

20時までは自由時間ということで、何にもしないぞ。

としないと、やることは常にあるので。

 

今週はどんな週か、ひとことで言ったとすると、色んな人が私に深い話をしてくれる一週間だった、ということに尽きる。

 

月曜に取材、ごみ屋敷や人が亡くなった後の片付けをする会社の社長さん。

火曜日、化学博士のエリートリケジョのインタビュー、エリートゆえの自由と責任のあるライフスタイルについて。

水曜日、広報で一緒のIさんのとても複雑で苦労の多い家庭事情を聞く。さらに夜、長野で取材中のだんなさんから、出会った人たちの色んなエピソードを聞く。

木曜日、ウクレレ相方Kさんより、演奏会後の帰り道、恋愛と夫婦の問題について相談を受ける。

そして今日はデイサービス。また、帰宅後何気に訪れたMさんのブログに衝撃を受ける。

 

もうなんだか打ちのめされるような今週だ。

世の中にはするすると楽に生きている人なんて、ひとりもいないんだって痛感する。皆ものすごく頑張っているし、すごい人ほど自分を大したことないって思っている。その健気さになんだか泣けて来る。

 

同時に自分は、忙しいーなどと気軽に愚痴っているが、本当に事も無く、ただただ恵まれている。申し訳ない。

自分がどうしてこうもふわふわしているんだろうと情けなくなる。

月曜日の地点で、掃除会社の社長さんに会ってからずっと変に落ち着かなくって、多分びっくりするようなショッキングな話を山盛り聞いたせいだと思っていたんだけど、それは違うと気づいた。

 

「地に足をがっちりつけてきれいごと全部吹き飛ばして、笑い飛ばして確かに生きている」人に会うと、いつもものすごく揺さぶられてしまうのだ。なんと自分は頭でっかちで、汚いものや見たくないものから逃げ回っているんだろうと思うと、いたたまれない気持ちになるんだと思う。

 

昨日、長野のホテルから電話してきてくれただんなさんの出会った「偉大なおばあちゃん」の話を聞きながら、「年を取れば私もそういう包容力を持てるようになってるんだろうか・・・」と思わずひとりごちていた。

 

私なりにできることをひとつずつやっていくしかないんだけれど。

 

 

夕方、気持ちよくホットヨガをして、米とか山のような買い物をして帰宅したら、既にオケの練習に行ってしまった娘からの書き置きがテーブルの上にあった。

ホワイトボードには「行きに、1000えん見つけたので、こう番にとどけたよ!(おまわりさんからおかあさんにわたしてと言われた)紙、おいとくね!」とかわいい勢いのある字で書かれていた。警察の書類を見ると、道ばたではだかで落ちていた千円札を届けたのらしい。母ちゃん感心。いつも思うが、つくづく子どもの方が立派だな!

 

その、いつもの筆圧のやけに強いおっちんの字を見ていると、なんだかふつふつと嬉しくて、憂鬱なこともさっと風が払うような心持ちになった。ああ、いい子で良かったーって思って、ひとりでにっこりした。

毎朝ポニーテールを結んであげる、小さな後ろ姿を思い浮かべながら。

 

 

だんなさんは、長野の田舎の、そのすごいじいちゃんばあちゃんたちは、みんな口ぐせみたいに「おかげさんで〜〜」と言うんだと言っていた。そして、人にはとにかく腹一杯食わせるのだ。

私のすごいばあちゃんもそうだった、いつももう入んないっていうくらい食べさせられたものだった。

 

小物な自分なのは百も承知だが、せめてばちあたりにならぬよう、そこから見習うことにする。

 

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