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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

昨日今日

thought

昨日。

だんなさんは早朝からまた長野。

子どもたちが学校へ行って久々にひとりになったら、俄然家事がはかどる。

洗濯機を2回回し、掃除機をかけ、キッチンのシンクも磨き、寝室のリネン類も汗をかきかき総取っ替えして、マットレスを立てかけて掃除機をかける。

合間に全米オープンナダループイユ戦を見つつ。4時間越えのタフな試合だった。ナダルは相変わらずガッツのある素晴らしい選手だが、じりじりと少しづつ、しかし留まる事無く選手としての終わりに向かっている。

たった一人コートに立ち、逃げも隠れもごまかしもできないのがテニスの痺れるところ。普通の人生だったら、こんなに早い段階で老いや、諦めに直面することはないだろうけれど、スポーツの世界はシビアだ。

激闘の後にプイユの胸を軽く叩きながら、相手の目を見て何か小さく言葉をかけていたナダルの、悔しさを滲ませつつもその紳士的な様子を見て、やはり長く一流でやってきたスポーツ選手は人間的にも素敵なのだなあと思う。

 

シャワーを浴びてさっぱりしてからは、いちんちがっつりパンフレットのデザイン作業をやっていた。

 

途中、2回家の電話が掛かって来た。は!と気がついて階下に降りて、「はいっ」と受話器を取ったら切れる。2回ともだ。多分セールスだから早々に見切りをつけて切ってしまうのだろうとは思うけれど、なんだか気持ちが悪い。それこそねじまき鳥クロニクルみたいだ。

 

しかし、気が削がれたのはその2度きり。

12時過ぎに一度、15時に一度。

ずーっと時間が消えたみたいに集中して作業をしていたことになる。

 

そのうち子どもたちが帰って来て、下の子は友だちも家に連れて来て、私はなんとか滑り込みでヨガのクラスに間に合った。行かなかったらまだ作業をやっていたと思う。

 

夜ご飯は肉じゃが、クウシンサイのにんにく炒め、しじみの味噌汁、納豆、ご飯。

 

今日。

気になって目が覚め、早朝5時から錦織ーカルロビッチ戦。サーブさえクリアすれば大丈夫、という相手、ストレート勝ち。

今日は昼から中学校の広報の打ち合わせ。

もうすっかり日常モードというかんじだ。

 

だんなさんは昨日長野から日帰りと思ったら、今日は渋谷。次の仕事の顔合わせらしい。

しかし映像業界って特殊。今やっている仕事のギャランティが提示されないままに、次の仕事を言われるんだけど、その仕事のギャランティにも一切触れられない。せめて今の案件のギャラ見えてから次のことを、と催促してもスルーされてしまうのらしい。で、まるでなかったことみたいに「あ、明日打ち合わせだったよね!よろしくです!」とラインが来るのだそう。聞くだにストレスフルだなあ。

 

何かもうやりとりも疲れた〜、とりあえず行く、とだんなさん。

間に色々な人や会社が挟まっていて、大元はコスト感覚のない某国営放送や大企業だったりするので、多分そこの人たちは何の悪気もなく、気がつきもしないということがあるので、そこから先の人々は聞くに聞けないままずるずると仕事をするというある種の悪循環のパターンがある。

 

目に見える、手に取れる確実な「モノ」をやりとりするのではない映像は、ある種の虚業なので、目に見えないものや頭脳労働に対するコスト意識に欠けた日本においては、上手に立ち回らないとわりを食う。そして上手に立ち回れない人はいいように利用されてしまう。

うちのだんなさんも相当割を食ってるタイプだけれど、知人には「寝る間もなく働いて、移動は節約のため全部高速バスにして、ろくなものも食べず、家族にも半月に一度とかしか会えず、それで全然成り立たないディレクター」とかが普通にいる。

 

何の見通しもないままに、なし崩し的に請け負うはめになり終わってから「こんなんですいません、なんとかこれで!」と頭を下げられ、やっぱりなし崩し的に受け入れるしかないというかんじでやっているパターンがびっくりするくらい多い。

 

おかしいでしょ、と私がぷんすかしても当然一ミリも変わらない。そもそもどの分野においても、日本においてはクリエイターに対する正当なリスペクトって、「海外で認められた名のある人」というお墨付きがないと得るのが相当難しいような気がする。いつだって仕事を持って来る、仕事を割り振る人が一番偉いというパターンみたい。

 

だんなさんによると、ずうっと昔から映像はそうだったと。でも当時は世の中景気が良かったから。今は後出しじゃんけんだと、ありえない金額をしゃあしゃあと言われてしまったりすることになる。

テレビもCMもしょうもなくなるのは当然のことだよなあ。

ほとんどの最近の日本映画も、世界的には全く期待されていないのらしい。だよなあ。黒沢清くらいよなあ、あと庵野さんが今後どうなるかは楽しみだけれど。

 

だから自分発信で、とか間を挟まず直接やりとり、とか、プラットフォームを作るのじゃ、とか、あるいは仕事があるだけまし、お金はあとからついてくる、とかさ。

決まってそういう話になる。もう飽きた。

 

そんな中、皆、自分たちがどうありたいかということを、これだけはやりたくないし明け渡したくないという矜持のようなものを、必死に心に持ってサバイブしているのだと思う。私たちも日々考えていくしかない。

 

さ!これからいくつか返さねばならないメールのやりとりをし、昼まで調べものをしたらおでかけ準備をするとする。