読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

東京へ

thought

編集の人と顔合わせで神保町まで。

東京、遠いなあ〜。そしてJR高いよなあ〜。

でも、一度ちゃんと顔を合わせておくとスムーズなものだ。面倒でも、ちっちゃいことでも、具体的に体を動かすことが大事なのだな、と思う。

 

そして自分自身も、ひとつ気を入れて仕事に向き合わなくてはな、と思う。今までは自分の生活のペースをいかに守るかということをすごく考えて、家族にしわよせが行かないようにという事をすごく考えて、余力の範囲で仕事を請け負って来た。

けれど最近そういうやり方に行き詰まりを感じていた。それは子どもたちが日に日に大人になり、手が離れて来たことと無関係ではないと思う。

これという分かりやすい区切りはないのでなかなか気がつかなかったけれど、「お母さん業第一ステージ」は、気がつけばもうほぼほぼ卒業に差し掛かっているのだろうな、と思う。

上の子が中学生になり、下の子は小4だけどすでに兄よりしっかりしているから。

加えて我が家はだんなさんの仕事も不安定だから、そろそろ何をやっていくにせよ、仕事というものにしっかりコミットしていく時期なんだろうな、と思う。

 

そうしたいような、まだそうはしたくないような。正直、どっぷりお母さんライフから離れることは名残惜しい。

しかし好むと好まざるに関わらず、自分にとって生きる力の上がる方角を向いてやっていくしかない。

 

 

帰り道に丸の内KITTEをぶらぶら。いつだってきれいなものを見るのは好きだけど、極力モノを買わない生活になってから、ミニマリスト的考え方に近づき、物欲がすごく少なくなってから、明らかに以前よりはわくわくは少なくなってしまった。以前はなー、ハンターだったからなー。浪費しなくていいからいいんだろうけれど、ちょっとさびしいものだ。

 

「あってもなくてもどっちでもいいもの」がこんなにも細かいこだわりとバリエーションで豊富に溢れていること、もはや無理くり付加価値を高めようとあの手この手で見せ方を工夫していること(商品名に「THE」をつけることで凄いんですアピールをしている商品が幾つかあって、それどうなん、と思ったことだった。「The cup」とか「The watch」とか。そして「The shop」という店もあるのだった。)、何よりこんなに沢山のいかにも洗練されたものがさあ私を買ってくださいという体で並んでいて、何一つ自分には特に必要でないということにくらくらっとした。

 

以前は丸の内で余分な時間があったら必ずマルビルのコンラン・ショップは見たい、足が痛くても、という人だったのに、今日は「ラッシュアワーになる前にかーえろ」とあっさり電車に乗って帰って来てしまった。あ、でも、アーツアンドサイエンスは見たかったな、と今頃になって思う。

 

岡崎京子の漫画の中で、主人公の女の子が「物欲は愛よ!」と言っていて、うんうん、そうだその通り、と思っていた自分だったのになあ。

年をとったってことなのかなあとも思うけれど、やっぱり今の考えの方が身軽でいいと思っている。