続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「シン・ゴジラ」

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定期演奏会無事終わる。

ほんとうに夏も終わりという気持ち。

打ち上げ後、夜に子どもをピックアップしなければならなかったので、そのまま帰宅することなく、大船のブックオフで文庫本とDVD を買い、商店街をぶらついてからイタリア居酒屋でワインとつまみ、「ねじまき鳥」2巻を読みながら時間を潰す。一人で飲み屋さんて久しぶりだったなあ。時々はいいものだ。前菜が山盛りサービスで食べきれない。でも雑じゃなくって目にも美しい。この店良いな、また行こう。

 

大船商店街って、昭和っぽくてなかなかいい。ちょっと薄暗く、角を曲がると路地裏にふっと取り残されたような空間があって妙にほっとする。

都会は大抵どこも明るく照らされて、こぎれいで小洒落ている場所ばかりだし、田舎は田舎で街道沿いに並ぶチェーン店は判で押したように同じ景色で、どこにいるか分からなくなるくらいだから、こういう独特の町並みって今や貴重な気がする。

 

 

今日は夏休み最後の日。台風だから何も出来ないと思って、近所のシネコンに母子で「シン・ゴジラ」を観に行って来た。奮発してIMAXで見たけど、いやー!正解だったです。邦画でこのスケール感、これだけのビッグプロジェクトを、これだけ血の通った感覚でまとめあげた庵野監督、すごい仕事をしたと思う。

 

見ている間じゅう、ふつふつと、自分の中の何かが活性化している感覚があった。

 

もちろんゴジラは「人間が到底御しきれない、人智を超えたもの」の象徴であり、このストーリーは今の日本のリアルに対する一つの明白なメタファーな訳だけれど、その日本の「リアル」に対するとらまえ方というのが、変に甘ったるいところがなくて良かった。時々現実の日本政府や外交のありかたに対する強烈な皮肉がダイアログに含まれていたが、同時にその苦悩もリスペクトを持ってすくいとられていたと思う。この作品は、外見は怪獣パニック映画なのだけど、中身の半分以上は政治ドラマだ。

 

作品のアプローチとしては、ソダーバーグの「コンテイジョン」などに近くて、非常事態が起こった状況をぐっと突き詰めてシュミレーションしていく。その戦慄するような過程を観客は疑似体験していく。そこの考察も微に入り細に渡ってリアリティーがあって、すごいと思った。

 

帰宅後、何となくテレビの定時ニュースを見ていた息子が、「アナウンサーの喋り方がなんだか変に感じる」と言う。当たり前のように確かに思える日常が揺らいでいるゆえの違和感。監督の企みは見事に成功しているということだ。

 

そして、CGのものすごさ。もちろんお金は相当かかっているのだけど、「よく出来ている」ということに対する驚きじゃないのだ。架空の生き物であり更に「怪獣」の造形について、こういう説得力を感じさせられたことってこれまであまりなかった気がする。

どんなシリアスなものでも、ホラーでも、架空の生き物そのものが出て来た時って、私は大抵ちょっと笑ってしまうほう。ナイト・ シャマランの作品とかでも、肝心なところで「そのもの」が出て来たゆえにぷぷっと笑っちゃってもう〜、となったり。

 

しかし今回は、なんだかため息が出るような感覚でもってゴジラを見ていたと思う。本当と思わせてくれる何かは、完成度云々ではなく、頭だけで作ったんじゃなく、身体がともなっているからなんだと思う。

同時に当初のゴジラのルーツである、人間の業を体現した怒りと悲しみの存在としてのゴジラという前提でもって描かれていたこと。その物語の重みが映画に深みを与えていたと思う。

 

ゴジラの存在感、見事だったです。やはり「風の谷のナウシカ」の巨神兵を描いた人だけのことはあると思う。巨神兵を彷彿とさせる、観る者に圧倒的な無力感、なすすべないという感覚を起こさせる存在感。やはり庵野さんは随分前に袂を分かったとはいえ、宮崎さんの後継者に最も近い人のように思える。

 

公開中にぜひもう一回見たい、と久々に思った一作。濃密な時間だったです。