続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

役員という仕事

昨日も昨日とて、楽しゅうございました。

昼に始まり、ボーイスカウトキャンプファイヤーが終わったのは夜の9時。

雨の中、笑顔でぶんぶんと手を振って三々五々、家路につく。

 

役員仕事は後から後からあるものの、

そこに集う人たちがクセはあっても嘘のない気持ちの良い人ばかりだから、

私は気持ちがのびのびして、何でも惜しまず働くことが苦にならない。

 

 

お母さんをやっていると、様々な役員仕事がついて回る。

小学校中学校、自治会に子ども会に、子どもが関わるさまざまな活動。

私は子どもが3才離れなので、幼稚園から高校卒業まで、母親としてこれらに関わるのはのべ19年間!ということになる!上の息子の幼稚園は4年あったから。

しかし改めて考えると、これは相当な時間だなあ。うわーくらっとするなあ。

 

そして友だちにもよく笑われるのだけど、毎年毎年、延々と何かの役員をやり続けている。多い時には2つも3つも兼任で。

でも別に私が取り立てて多いわけではなく、みんな何かしらやっている。絶対やりたくないって逃げ回って済ませてしまう人もいるだろうし、友人Mさんのように見た目のいかつさからか、あまり声がかけられなくって何だかよく分からないけど全然縁がないという人もいるが、大抵包囲網みたいなことになって皆何かしらやる。

 

この「役員」というお母さん仕事は、だんなさん連中を含めた当事者以外の認知や関心は相当低いだろうし、以前の自分もそうだったし、まあ簡単に考えられているのだと思う。しかしこれは実際は結構な「お仕事」である。

 

「強制のボランティア」というそもそも日本語としておかしな概念のもとにある制度に、日本のお母さんたちは多かれ少なかれ10年単位でそれに従事することになるということが前提としてあり、それに対して色んな考え方があるのは個人的には当然のことだと思う。

 

私個人に関して言えば、この日本特有の役員システムの問題点を挙げても、もうなんつーか、詮無いし、今や自分なりの身の処し方で前向きにやっていくしかないと思って割り切ってやっているので、もうそれはいいっす、という境地。

 

それでも自分は性分だなーとは思う。春先の役員決めの懇談会、押し黙った沈黙に耐えきれず、おずおず「じゃあ・・・」と手を挙げてしまったこと数回。電話で説得されて受けたことも数回。友人Aちゃんにも「二度目には断れない女」と言われている私、笑。

でも、「私には関係ないことだから」とだんまりでやり過ごすことがどうにも気持ちが悪いのだ。だって実際関わりお世話になっていることなのだから。どのような集団においてもそこで惜しまず働いてくれている人たちが必ずいるのだから。しかし、この考えは「きりがない」というところもあって難しいところではある。

 

昨日の行事、野営の報告会、子どもたちのスタンツの発表の前に皆でご飯を食べましょう、という恒例のイベントがくっついているのだが、「どうやっても自分は損な役回りにはつきたくない」という考えのお母さんグループが皆揃って食事会飛ばしの報告会の途中からこそこそと入って来た。

学校でも子ども会でもこういう振る舞いの人たちって一定数いる。

 

まあ色々忙しくはなっても、時間やお金が損なことあっても、自分は汗かいて皆でわーっと手際良くやるべきことをやって、そして皆で楽しく笑って堂々といられる方がいいなと思っている。

 

昨日のカレー、おいしかったな!ビールもあれば言うことなかったな〜。そしてああいう場でのみんなの主婦のプロぶりは惚れ惚れするなあ。手際良く、おしゃべりしながらも手はとまることなく、すごい勢いで仕事が片づいていく。

場によっては「誰がどれだけ気が利くか」合戦みたいになってしまったりするけれど、昨日の面子はなにしろみなさっぱりしているので、ただただ男らしく、変に愛想良くもなくさばさばと物事が進んで行くのが気持ち良かった。

 

さて、今日も今日とて子どもたちの本番だ。そしてやっぱり係のお仕事(笑)。そろそろ着替えて出かけよう。