続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「シング・ストリート 未来へのうた」

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久々に映画館で映画鑑賞。

Once ダブリンの街角で」のジョン・カーニーの新作、今回も音楽映画だ。

 

一足先にこの映画を見て来ただんなさんは、今のところ今年ナンバー1だと言っていた。そして

「どうしてこの監督好きか分かった。アイルランドキャメロン・クロウだからなんだね」と。

 

もちろん音楽というものに対する感覚と多大な愛情がある、音楽の力を大きなテーマにしている点は分かりやすく共通。また、観賞後からだを包む感情の質も初期のキャメロン・クロウを思い出させる。人間を愛すべきものと見る感覚、懸命でぶさまな部分も含めての振り切れた格好良さというもの。

 

何より、この作品に関してはストラクチャーが完全に「あの頃ペニー・レインと」なのであり、この作品にオマージュを捧げていると言ってもいいんではないかと思う。

 

あの頃ペニー・レインと」は色々素晴らしい要素が込められた映画だけれど、私が最も好きで重要と思うキャラクターのひとりが故フィリップ・シーモア・ホフマンが演じたレスター・バンクスだ。主人公のメンター的役割を果たすこの人物がいることで、ウィリアムは勇気を持って思い切り良くチャレンジしたり、のびのびと自分の感覚を表現したり、背伸びしつつもぐんぐんと乾いたスポンジみたいに学んだり、調子に乗ったときには鼻っ柱をへし折られたりする。

 

そして、「シングストリート」においては、ジャック・レイナー演じる主人公の兄がメンターだ。彼らは同様に、みすぼらしい見た目をして、穴ぐらのようなところにひっこんでいる。成功者というより社会から落ちこぼれたマイノリティーなのだけれど、不屈の心意気というものがあり、生き生きとした感性と音楽に対する豊富な知識と愛情がある。そして何より子どもであろうがひとつも馬鹿にすることなく、惜しみなく、本気で全力で少年に問いかけるのだ。一番大事なことはなんなのか?と。流されるな、巻かれるな、リスクを取れ!と。

 

レスターのような人物というのは、教師として最も優れているのだと思う。

年長者が年若の者に対して為す態度というのは、残念なことに彼らのような有益なものばかりとはいえない。

若い者が「知らない」ということを武器にして自らを優位に立たせるために、しばしば馬鹿にしたり、威圧したりする。また自らの正しさを証明し、管理がしやすいように決まった枠に押し込め、異なる意見を封じ込め、自由な想像力を圧殺するようなことをする。

そういうようなことに若者は随分くじけてしまうものだ。時に取り返しがつかないくらいのダメージを与えられもする。

 

そのような繊細で不安定な若い時代に、レスターのような人物がひとりそばにいるかいないかで、随分物事のかたちは違って来るのだと思う。

そして興味深いのは、彼らメンター二人ともにおいて、彼らが社会一般的には「Loser」であると(されている)人々だということだと思う。彼らは一見役に立たないようなひとなのに、でも自分なりに誠実に不器用に生き、しっかりと自分の頭と心で考え感じ、それを熱意を持って伝えることで、勇気と希望を少年に与えるという形で素晴らしく世の中の役に立っているのだ。こうして書くと本当に損な役回りの人みたいだけれど。でも、それも人の世の仕組みなんだな。尊いことなんだなと思う。

 

この作品の白眉のひとつはラストシーン。嵐の海に少年と少女が小さなボートで旅立ってゆく。ずぶぬれで、お金も知り合いも見通しもなく、でも心の中は希望に満ちあふれている。逃亡の手引きをしたのは兄で、二人のボートが去るのを見送りながらガッツポーズを作って喜びに吠える。そのシーンには泣かされた。

こういう、思い切った「未知で無鉄砲な希望」が炸裂したみたいなラストシーンて、最近の映画ではとんと見ない。だからこそ新鮮で、胸がつかまれるような感動があった。

 

ジョン・カーニーの音楽のセンスも素晴らしく、劇中のオリジナルソングのレベルの高いこと。素直に心動かされる素敵な楽曲たち。サントラほしくなった。

ヒロインのラフィナ。彼女はとんがっている近寄り難い女の子として登場して、どんどん素顔に戻って行った。主役のコナー。彼はもっさりしたおぼっちゃまからどんどん輪郭のくっきりした、気骨のある少年に変貌していった。その変化がそれぞれにとても良かったと思う。

 

海辺の撮影の帰り道の電車のシーン、少し離れた席から談笑するラフィナを見るコナーのシーン、なんてきれいだったろう。青春の素敵さがぎゅーっと詰まったような切なくて温かな時間。あの光の美しい静かな撮影の印象はちょっと忘れ難い。

たしかにキャメロン・クロウを彷彿とさせるのだけど、アイルランドという土地だからなのか、ジョン・カーニーの映画はもう少し影があり、さびしい。透明な悲しみのような感覚がある。それはあっけらかんとしたアメリカ映画にはない、心惹かれる部分だ。

 

鬱屈を抱えた暴れん坊の少年を用心棒として仲間に組み入れるくだりも、んー!ぐっときた。今は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の時代とは違うのだ。ビフをぎゃふんと懲らしめるだけでは何にも解決しないんだ。そこにまた監督の深みと愛情を感じた。

 

ハッタリも何も無く、力を合わせて力を尽くして表現をするんだ。自分を取り巻くこの社会と、自らの心の闇を切り裂くように音楽を奏でることで、わだかまりが解きほぐされ、ブレイクスルーするんだ。心のままにひたむきに生きろ。そう、爽快に叫ぶ青春映画に魅了された2時間だった。見られて良かった。

 

遡って見逃した「はじまりのうた」もぜひ見なくては。