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続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ピクサー流 創造する力」エド・キャットムル著

book

今日で冬休みもおしまい。

正月気分は年々短く、お正月らしいぽっかり感はなく、ただの長期休みだったなあという感じ。風情がないことだが、仕方ない。

子どもたちが学校へ行けば、さて今年がはじまるぞ、という気持ち。

フットワーク軽く、ひとつずつやって行こう。

 

年末年始は折に触れてこの本を読んでいた。分厚い本だし、途中難解気味な理論パートが含まれているので、苦戦したけど、やっとこあとがきまで辿り着いた。いい本だった。

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映画好きのひとりとして、ピクサーには幾つものお気に入りの作品があるけれど、感心したり、不思議の思ったりすることが色々あった。

ずっと以前、どの映画を見た時だったかも忘れたけれど、ピクサーのロゴにもなっている、あの一つ目のデスクライトがぴょんぴょん跳ねる、ショートアニメーションを、他の映画の前座、コマーシャルのような形で流されているのを初めて見た。

なんだろう、やけにクオリティーが高いけれど、気軽な冒険心があって、わくわくするこの感じ。やがて、トイ・ストーリーの大ヒットがあって、作品を追うごとにピクサーはどんどん発展して大きくなり、次々と作られるすごい作品たちに毎回びっくりさせられたり、感動させられたり。

 

個人的に抱いていた、ピクサーに関しての興味をひとことで言えば、ごくごく素朴に、「どうして堕落しないのだろう?」いうことに尽きる。

このような長期間に渡って、1000人以上ものスタッフを抱える巨大な組織で、コンスタントな製作スピードで、そしてディズニーのような巨大で権威的で硬直的な組織に買収されながら、一体どうして「ぬくもりのある、心ある」作品を作り続けられるんだろうかということが実に不思議だった。

その答えだけでなく、答えを超えた多くの学びがこの本には詰まっていたなあ。

 

同時に、ピクサーがディズニーの子会社になった2006年頃から、ディズニー・アニメーションもものすごい巻き返しをはじめたことの理由もようく分かった。「ルイスと未来泥棒」以降のディズニー製作のアニメーションは、明らかに以前と一線を画する。

「巨大で権威的で硬直的」だったディズニー・アニメーションスタジオをピクサーのコア・メンバーたちが生まれ変わらせた一連の出来事に関する記録は胸がすくような、この本のハイライトのひとつだった。

 

本書の著者エド・キャットムルという人は、よく知らなかったのだけど、ジョン・ラサターとスティーブ・ジョブズと30年近くもがっぷり四つに組んで、数人のベンチャーから今の姿に発展させた、卓越した経営者であり、ピクサーが堕落しないようにありとあらゆることを講じた張本人だった。

 

全く隠し立てなく出し惜しみのない人なので、優れた経営、マネジメント、ひいては生き方の教科書として読めるし、同時にピクサーファンにとっては、彼らのストーリーを冒険のように楽しめる、わくわくするドキュメンタリーだし、終章のエドさんによるスティーブ・ジョブズに対する記述は、これまで見聞きした様々なジョブズ論が、皆色褪せるほどの説得力と魅力があって、最後は涙するほどだった。

彼の盟友のジョン・ラサターのカリスマ的魅力も、読み応えがあったなあ!

 

色んなことがクリアーになる、面白い読書体験で、新年早々色々考えさせられた。今年の方向性を示す一冊かも、と感じたので、書き留めておく。

庭に手を入れる

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お正月休みも残すところわずか。

友だちからも、妹からも、「休み長っ!早く終わってほしい〜」という叫びのメールが。まあ確かに持て余すわなあ。

我が家もだんなは缶詰、息子は部活(今週で終わるけど)で身動き取れない微妙な休みだ。つい仕事をしてしまう。娘がテレビばっかりになっちゃう。

 

さっきまでお庭屋さんが来ていた。

我が家の庭をもっと心地良いスペースにしたいというのが、今年一番にとりかかりたかったこと。リビングの掃き出し窓から、物干スペースも兼ねた大きな軒下を作りたい。そして育ちすぎたユーカリの伐採。

ひょんなことで見つけた、フリーランスの植木屋さん、誠実なかんじの方で好印象。けれど軒下20万は、残念ながら手が出ないなあ、泣。

来週は友だちに紹介してもらった、引退した大工の棟梁のおじいちゃんに見に来てもらうことになっている。

デッキがリニューアルできたら、随分ストレスが軽減されるはず。

 

ここ数年、ぎゅうぎゅうにひしめきあって暮らしているのが嫌で嫌で、もう引っ越したいってなっていた。

けれど、縁あって暮らし始めたこの家を、心地良く整えることでちゃんと愛してあげられたらいいなと思い直した。

もういい年なんだから、何でもかんでもリセットしたがる悪い癖を自覚して、現状の良い所を認識し、良くない所は改善する道を見出してやっていく姿勢が必要だ。

だから、できることからちょっとずつ、自分の身体を動かしてやっていく。

でもさすがに軒下は自力は厳しそうなので、できる人にお願いしたいと思っている。

上手くことが運びますように。

 

地味にこつこつ

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三が日明けて、もうなんだか平日気分。

今日は息子も朝から部活へ行き、私も午前中は仕事、午後はさくっとヨガにも行く予定。

 

普段、とりたてて信心深いわけではないんだけれど、何気なく「今年の運勢」をネットで見たら、私、大殺界中なのらしい。

何をやってもだめ、病気になるわ人は去るわ、お金は貯まらないわ、12年に一度のもう大変な時期、息をひそめて耐えよ、と書いてある。

今年はあれしようこれしようと正月らしくうきうきと計画を巡らせていたので、出鼻をくじかれてしまったかんじ。見てしまうと何となく気になるなあ〜。でも、そのうち忘れるんだけれど。

 

まあ、結果を期待せずに、だめでもともと、地味にこつこつやるということで、今年もなんとか乗り切っていきたい。

 

そもそも、生きてるだけで丸儲けなんだもの。

去年は、従兄弟もがんで亡くなった。検診でがんが見つかったという同年代やちょっと上の世代の知人も複数いるし、年末立て続けに学生時代の友だちから喪中はがきが届いて、親の世代もどんどんいなくなっていくことを実感。そういう年代なんだよなあ。月並みだけれど、日々を大事にしなくては。

 

 

今月末で、デイサービスを終わらせてもらうことになった。

2月から、新しく立ち上がるウェブメディアのディレクション業務を兼任することになったので。とはいえ、試験的なものだし、個人的には微妙な気持ちを抱いている案件でもあり、えいやっと辞めるきっかけというくらいのことなんだけれど。

 

もういいよ、というくらい、ウェブメディアが乱立していて、市場は飽和状態のように思えるのに、まだ柳の下のどじょうを求めてやるんすか、というのが正直な感覚。

インターネットの世界は、物理的なスペースの制限がないから、どこまでも膨張し続けることはできる。成り立たなければ簡単にやめればいいくらいの無責任さで、みんながどどどっと気軽に参入する。

ウェブメディアというもう食い尽くされているように見える市場に、無反省にまだ乗っかっていこうとする感覚、深い考えも展望もなく、世の中の流れにふわふわ乗っかって、流されて右往左往しているのを、違和感を感じながら眺めている。

 

とはいっても、今の自分には選択肢は少ない。自分が、本当にコミットしたいと思うものを、体を動かし、経験を増やしながら、じっくりと探っていきたいと思う。そういう自分の中の「余白」を増やすためにも、デイサービスを終わらせることにした。

 

さて、お仕事。

 

 

 

 

静かなお正月

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事もなく、2017年が始動。

年が明けてすぐ、熊野神社へふたりでお参り。深夜の焚き火と甘酒、ムードがあっていいかんじだった。

神社というところは、感謝をしに来るところで、願い事をしに来るところではないんだそうだ。と、直前にだんなさんが言っていたのに、いざお賽銭を投げてお祈りする段になると、〜〜でありますように、〜〜に恵まれますように、ととっさに願い事モード。私なんてそんなもんである。

 

昨日はおせちとお雑煮持参で、鎌倉のだんなさんの実家へ。弟くんと甥っ子もやってきた。

お父さんの案内で、天園ハイキングコースを建長寺方面へ。富士山は霞んでシルエットだったけれど、見晴し台は素晴らしい眺め。

だんなさんの実家周辺の雰囲気が、それほど好きでなかったのだけど、歩いてすぐこんなにいいトレッキングコースがあるんだと今更ながらに知る。天園の反対側には、散在ヶ池もあるし、下れば鎌倉湖畔も。

みんなでてくてく、歩いていると林でリスがつばきの花を食べていて、子どもたちと観察。

山道ではお父さんは、さすがに詳しく、いっぱしのガイドさんのよう。そしてすたすたと山道を歩いていく元気な姿をありがたいなあと思う。

鎌倉は、年を取ると良さが分かってくる場所なのかもなあ。

 

ただ今、子どもたちは書き初め中。だんなさんは籠って仕事。昼ご飯を食べたら母子で近所の神社へ初詣&バドミントンをしに。

ゆく年くる年

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掃除機の音で目が覚めた朝。朝7時から、子どもたちがリビングを大掃除している。昨日は、洗面所、庭、子供部屋、トイレ、窓を大掃除してくれて、今日はリビング、寝室をやってくれた。もういいってと言ってもやめない過剰な人たち。

 

おかげで私はおせち料理作りにいそしめた。このところ毎年帰省をしていたから、まともに作るの3年ぶり。

月日の経つのは早いな。家族のステージはめくるめく変わってゆく。こないだまで赤ちゃんだったのに。子どもたちはもう何でも自分でやれるどころか、いまや心強いチームメイトというかんじだ。ほんとに頼りにしているし、立派だなと尊敬するし、日々大好きと思う。

 

結局おせちも随分手伝ってもらって、(おっちんはもう里芋の皮も剥けるようになったか!びっくり!)フルコースではないけど、つつがなく、ほぼ完了。はーせいせいするなあ。後は数時間、年越しを待つばかり。静かな冬休み、しみじみ幸せ。だんなさんは優しく、部屋は温かく、ワインは旨し。

 

いろんな事があったこの一年。楽しかったこと、悲しかったこと、うれしかったこと、やるせなかったこと。

色々わりきれず、毒気もありつつ、その中にきらりと光る美を見出しながら、取るに足らぬ日常をこれからもただ生きていく。

世の中の人みなそうして、その人なりの切実と幸せを生きていることを、いつも忘れないでいたい。

 

今年関わった全ての人にありがとうございました。どうぞ来年も素晴らしい日々でありますよう。

 

あと2日

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きりりと寒いがお天気。庭のユーカリの大木は、冬場の鳥たちの憩いの場所になっていて、ギーギーとひよどりがかしましい。

 

ああ、今年もあと2日でおしまい。

ゆっくり今年を総括する文章を書けたらと思うけれど、我が家のわなわなな子どもたちもいるので、お母さん業は年末年始は始終オンタイムのようなもの。

昨日は上の子にはしょうた、下の子にはともちゃんがそれぞれ遊びに来てくれたので、おお良かった、とほっとしつつ、ようやっと年賀状を仕上げて出した。大した年賀状ではないけれど、なんかかんかと時間を取られる。

 

今年は、息子の代が中学生になったということもあり、幼い頃からなんとなく繋がっていた人たちで、疎遠になった母親仲間が何人もいた。

子供が中学というタイミングで、えいやっと気合いを入れて仕事人生に本格復帰する人が多いので、もう社交どころではなくなってしまうのだ。

自分だって、夏休み明けから怒濤の日々だった。冬場に入ってようやく我に返ったけれど、まあ時間泥棒にしてやられた今年の下半期だったものなあ。

 

来年も、よくよく気をつけて日々を暮らさねばならぬ、と心した。手綱はけして渡してはならぬのだ。

 

親族を除いて、1年間に一度も何のやりとりもしなかった人には、年賀状を書くのは遠慮した。受け取ったほうも、来たら返さねばならないし。宛名すらプリントで出力した印刷だけの年賀状をやりとりするのって、自分はあまり意味がないと思うので。

子供が小さい頃は、賑やかすぎるほどだったけれど、こうして子供を介したお母さんたちとの付き合いはするするとフェイドアウトしてゆくのだなあ、と思う。淋しいようだが、なんだか開放的な気持ちでもある。子供のために、みんなに愛想良く、うまくやらなくっちゃ、ともう思わなくていい。ますます身近のご縁のある数少ない人たちを大事にしていきたいなと思う。

 

今日は、これからわなわなな子どもたちを率いて大掃除。午後からはおせち料理の買い出し。夕方からはゆっくりワインを飲みつつ、母子で映画を見るか、鉄道すごろくゲーム「桃鉄」の新しいやつをやる。だんなさんは、ご飯時以外はひたすら籠って編集。多分、今日も昨日と同様、夜中に一緒に散歩する。

 

 

 

 

 

 

今年のクリスマス

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今年のクリスマス備忘録。

あまりにクリスマス感が薄かったため、子どもたちへのプレゼントの準備も滑り込み。まさかのアマゾンから24日に届かない連絡が。

 

下の子はまだ微妙ながらもサンタを信じているので、困った困ったどうしようと思案の結果、だんなさんが

「私はサンタ・クロース氏の秘書のジョアンナと申します。大変申し訳ないのですが、今年はどうしても24日に世界中の家を回りきれませんでした。25日じゅうには必ずお届けいたします」

という趣旨の大変怪しい手紙を作成。

 

次の朝、ぶんむくれの娘、息子は手紙を読んで「ジョアンナって〜」と言って笑っている。一応妹のためにサンタはいるていで合わせてくれている。

 

で、昨夜娘はサンタ用の飲みものと食べ物、歓迎のぬいぐるみたちをツリーの下に再度セッティングした後、何やら長い手紙を書いている。

 

小さく折り畳んだツリーの下に置かれた手紙を、子供が寝た後に読んだら、

「ジョアンナさんへ ごじじょうはよくわかりました」といった文面の後に、長い質問事項が書き連ねてあった。

クリスマス以外は何をしているのか、サンタは何才まで生きられるのか、トナカイは働き過ぎで疲れないのか、じゅうぎょういんはいるか、などなど。

変にリアリティーを出そうとしてジョアンナなんてキャラを作ったばっかりに、と苦笑しながらも嬉しそうに夜なべで返事を書くだんなさんだった。

 

そして、今日は娘は朝から、無事ゲットした「ピクミン3」を集中してやっている。息子はクリスマスプレゼントのクラリネットのプラスチックリードを持って部活へ行ってしまった。

 

私は朝から電話取材を一件。原稿作成はこれからだけど、年内の仕事はこれにて終了。はー、何か肩の荷が降りたかんじ。年賀状これから〜